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昔書いたエジカイ小話のリメイクです。
ちょいと長うございます。書き直してたらどんどん長くなっていきました……私はカインとエッジのことが好きすぎだと思う。

ゴルカイっぽく見えるとこもありますが、エジカイです。エジカイです。大事なことなので二回(ry

読んで下さる方は下記タイトルよりどうぞ。


喉元に切先を


唐突にガクリと糸が切れたように力が抜けて、カインは床に片膝をついた。
そのままくずおれそうになる身体を、左手の槍を立てて支える。
暗い地下室から急にまぶしい屋外へ出た時のように眩んだ目の前が、徐々に、視力を取り戻して。

一瞬、自分がどこに居るのかすら分からなくなって頭を振る。
サァ……と、潮が引くように開けていく視界。脳内の霞が晴れていく感覚とともに、目に入ってくるのは暗寒色で金属的な壁と床。
無機質な壁面を、時折チラチラと光が走る……その見慣れぬ未来的な造りに。

漸く思い起こされた現実に、カインはグラリと傾ぐ身体を辛うじて支えた。

ここは、地上の全てを焼き尽くす巨人の内部。
その降誕の御膳立てをしたのは――自分だ。

「俺、は……また――…ッ!」

槍に縋るように立ち上がって、込み上がる吐き気を堪える。
意識の曇りが晴れるにしたがって、逆にひどくなる、眩暈。

己の弱さに負けて親友を裏切った。二度までも。
……いや、違う。
自分が裏切ったのは――この世界、だ。

世界にとって最後の砦だった闇のクリスタル。
自分がそれを持ち去った後、セシル達は一体、ドワーフの王に何と告げたのだろう。
暗き絶望をもたらしたのが……彼らが、仲間、と呼んでいた男であると。
余所者にも拘わらず信頼を寄せてくれていた懐深き国王に、どんな顔で。

そして。
この巨人は、地上にどれほどの被害を、出したのだろう。

足もとから這い上がってくる震えによろめいて、カインは右手を壁についた。


――知らなかった。そんなつもりじゃなかった。
そんな言葉が何の弁明にもならぬことを、カインは知っている。

あの時は、それでいいと、信じた。
“月への道”が意味することも知らず。
ただ、あの方が求めるものに従った。

「ゴル…ベーザ……」

無意識に、自分を操っていた術者の名が口から零れる。
恨むつもりはない。
意識を封じられて、知らぬ間に身体を操られていたのとは訳が違うのだ。薄靄に包まれたかのような状態ではあったが、記憶にははっきりと残っている。
あの男のもとに居たのは、紛れもなく己の意志だった、と。

今でも思う。カインが一時、主と仰いだゴルベーザは、決して悪の化身と呼べるような存在ではなかった。
時に苛烈な一面を見せることもあったが、平素は理知的で落ち着きはらい、威厳と少しの洒落気を兼ね備えた人物で。
新参者の己を重用し、意見すら容れてくれる敬愛すべき……主君、だと思っていた。

しかし、最後のクリスタルを手に参じた時。
彼は既に、カインの知る男ではなくなっていた。
暝い会心の笑みとともに八つのクリスタルを掲げ、呼び起こした巨人に地上を焼き払わせると宣告した男は。
驚き詰問するカインの言葉など耳にも入れず、制止しようと伸ばした手を羽虫を避けるかのように払って、いずこかへと消えていった男は……カインが仕えるべき御方と仰いだ相手とは、外見こそ、同じだったけれど。

その甲冑の奥に宿っているのは、ただ憎しみと憤りだけ。まるで、それまでに時折垣間見せていた苛烈で酷薄な部分に、すべてを支配されてしまったかのような。

――もし、あれが彼の本性だとするならば。
己は、掌の上で転がされていた、ということになるのだろう。

それもすべて、この己の弱さが故、だ。

自分が何故、ああも簡単にゴルベーザの洗脳を受容したのか。
その理由に、カインは嫌になるほど心当たりがあった。

蒼い甲冑の上から胸のあたりに左手を置き、くいしばった歯の隙間から浅い呼吸を繰り返す。
キツく目を閉じれば、浮かんでくるのは親友と……その愛する人の顔。

「……っ」

くいしばりすぎた歯が、キチ、と音を立てた。

騎士として評価され、腹心として側に仕える。
それが心地よかった。
お前の力が必要だ、と。ゴルベーザにそう言われた時。
カインの胸の内に湧き上がったのは――紛れもない。求められている、という、歓喜。

こどもの頃からずっと三人だった。
それがいつしか。
ローザが焦がれる相手はセシルになり、セシルが求める相手もローザになった。

かつてはバロン最強と謳われた竜騎士団は、己が団長を務めて数年も経たず、新設の飛空艇団に空軍のお株を奪われた。
大規模な作戦を展開する時、軍議でまず挙がる名は、セシル、になった。

誰にも軽んじられていたわけではない。
竜騎士団長として、相応の評価を得ていたと自負している。
――ただ、いつだって自分は二番手だった。それだけの話だ。


何のことはない。単なる、浅はかで醜い嫉妬心だ。
己が世界で独りきりであるかのような被害妄想と、愛されたい求められたいという幼い衝動に呑まれて。
私とともに来い、と伸ばされた手に、安易に縋った。
そのせいで、どれほどの人が傷付くことになるのかにも思い至らず。

なんて利己的で、救いようのない。

これで誇り高き竜騎士とは聞いて呆れる。カインは自嘲とともに首を垂れた。
偉大な竜騎士だった父の姿が脳裏に浮かんで消える……申し訳ありません、俺は、貴方を継ぐのに値しない男だった。ずっと目指してきた背中に詫びて、閉ざしていた瞼を上げる。

遮るものもないのに、どこか陰っている視界。
誰もいない無機質な空間は、やけに空虚に見えた。

(どうする……?)

力の入らぬ身体を壁に凭せ掛けて、カインは静かに自問する。

今、自分が正気を取り戻しているということは、おそらく。セシル達がゴルベーザを倒したか、少なくとも負傷させたということだ。
彼らは今ここにいる。この巨人の内部に。

(合流するのか?)

どの面さげて。
合わせる顔があろうはずもないと、カインは槍の柄をギシリと握り締めた。
世界のために身を賭して戦った幼馴染たちに、その信頼を二度までも、手酷く裏切った自分が。今更顔を合わせてどうしようというのか。

このまま消えよう。そう決めて、壁から背を離す。
セシルがゴルベーザを倒したならば、世界の危機もこれで去ったのだろう。もう戦う相手もいない。ここで自分が消え去っても何の問題もないはずだ。
セシルやローザは……きっと、哀しむのだろうが。
どこかで死んだものと思ってもらえればそれでいい。
……それが、いい。

カインは自分が震えているのだと思った。
だが出口へと足を動かしかけて、やっとそれが間違いであると気付く。
足下から伝わってくる不吉な震えは、この建物、否、巨人自体の震動であった。

「崩れるのか……!」

灼熱の炎を吐き出し続ける巨人を止めるために、セシル達が制御装置を破壊したのだろう。
この震動では、おそらく、もって数分。
カインは一つ舌打ちすると、駆け出そうとして……その足を止めた。

制御装置を破壊したのは、セシル達。
つまり彼らは今、巨人の心臓部付近にいる。
そこから最短で外に出ることができる経路を、彼らは知っているのか。

ゴルベーザに付き従って巨人に入ったカインは、この内部の複雑さをよく知っている。
セシル達がどこからどう侵入したのかは分からないが、通常の出口と心臓部の間にはそれなりの距離があるのだ。徒に歩き回ったのでは、相当な時間が掛かるだろう。

「……くそっ」

ギリ、と歯軋りの音を漏らしながら、カインは踵を返した。
向かう先は出口とは逆――心臓部。

選択肢は他にない。
セシルやローザがここで死んで、自分一人が生き残るなど、あっていいはずはなかった。

その逆ならともかく、だ。



廊下を全速力で駆け抜けながらも、カインはためらった。
金属質の床を鎧の踵が蹴るたび、カンカンと警報のように鳴り響く足音。
セシル達を外へと誘導して……それから己は、どうする。
どんな顔で、どんな声で。彼らに何を言えばいい。

ローザはきっと、カインをかばうのだろう。
「操られていたのだから仕方がない」そう言って。
――カインの内に事実存在した葛藤は、聴かなかったことにして。

セシルはきっと、黙って赦すのだろう。
怒りも哀しみも全て胸の内に押し込めて。
――何か言いたげな目をしながら、結局何も言うことなく。

そういうやつらなのだ。
どこまでも、優しい。そう、泣きたくなるほどに。

いっそ責められた方が楽だとも知らず。
その場を去ることも、そこで死ぬことも許さず。
「共に生きよう」と。
二人は微笑んで、最も残酷な刑を言い渡すのだろう。


辿り着いた扉の前でカインは立ち止まった。
厚い扉の向こうから微かに漏れ聞こえてくる声。セシルたちに間違いない。案の定、脱出口を知らずに焦っているようだ。
戸を開こうと伸ばした手が、意図せずピクリと震えて動きをとめる。
自分が彼らの前に姿を現した時。セシルが見せるであろう複雑な目の色や、
ローザがその口から発するであろう、「カイン」という自分の名を……聴きたく、なかった。

だが、躊躇している暇などない。
こうしている間にも、彼らが無事に脱出するための時間はどんどん削られているのだ。

――彼らに相対する。それが、己に課せられた罰ならば。

カインは覚悟して扉を開けた。


「こっちだ!」

どんな反応に出くわしても、可能な限り傷が浅くて済むように、と。
たった一言を発するのに、厳重に心に着せていた堅い鎧は。

「その手にゃ乗らねーぜ!!」

(……は?)

思わぬところからの思わぬ攻撃に、吹き飛ばされた。

カインは思わず立ち止まって、声の聞こえた方に顔を巡らせる。
目に映ったのは、野良猫のように毛を逆立てて睨んでくる男の姿。

(エブラーナの……王子サマ)

そうだそういやコイツもいたんだっけ。と、かなり失礼なことをカインは考えた。

行動を共にした時間は僅かだが、王族らしからぬ破天荒な性格と軟派な態度で、深刻になりがちな仲間たちに明るさをくれた男。
カインにとっても……何かと、辛い場面を目にすることが多かったカインにとっても、良い通気口になってくれた。

その彼の存在をすっかり失念していたのだから、まったく失礼な話だ。
こんな時だというのにカインは苦笑した。
どうやら自分は随分と過剰に追い詰められていたらしい。正直に言って、セシルとローザのことしか頭になかった。視野が狭まるにも程がある。リディアにも申し訳ない限りだ。

「てめぇ、あん時はよくも!」

(――ああ、普通の反応だ。セシルやローザとは……違う)

裏切り者の自分へ、警戒心も顕わに投げ掛けられる鋭い眼光は。
優しさと信頼という名の美しくも残酷な鎖で締め上げられることを懼れていた身には――まるで、救いのようにすら、感じられて。

一気に肩の力が抜けた気がして。カインは大股で彼らに歩み寄ると、いつも通りの声を出した。

「話は後だ!死にたいのか!」



魔道船の中。
クリスタルの静かな光に照らされながら、カインは四人の男女と向かい合っていた。
断罪の時だ。カインは足もとに目を落とし、兜の下に表情を隠した。

「ようやく……自分を取り戻すことができた」

自分、という言葉が、何を指しているのか。
我が台詞ながら不正確極まりないとカインは口元を歪める。

ゴルベーザのもとに居た時だって、自分を失ってなどいなかった。
むしろアレが、己の本性なのだろう。
子供のような我儘を振りかざして、思いのままに身体を、口を動かした。
取り戻したのは、一握りにも満たない理性と良心。そして幼馴染への純粋な好意だ。

物心ついてからの十余年間、愚かな本性に辛うじて歯止めを掛け続けてきた、「二人を傷付けたくない」という偽らざる唯一の想いは。今やボロボロに擦り切れて見る影もない。

――それでも、俺は。
その、惨めに引き千切れた襤褸切れのような破片を――己自身だと、呼びたいのだろう。

最悪の裏切りをしておいて、虫の良い話だ。


「今さら許してくれとは言わんが……」

絞り出すように言ったカインに、正面から容赦のない口撃が飛ぶ。

「当たりめーだ!てめぇのせいで巨人が現れたも同然だ!」

当然の言葉に、カインは黙って首を垂れた。
激情家で正義感に厚いエブラーナの王子様。彼の怒りは本物だ。
バブイルの巨人が降誕した地はエブラーナの国土。美しき緑の大地を焦土と化されて、若き身空で国を背負うことになった彼にはどれほどの心痛だろう。考えるだに、引絞られるように胸が痛む。

己が引き起こした事態から目を逸らす気はカインには無かった。言い訳するつもりもない。正直に怒ってもらえることがありがたいくらいだ。
何と罵倒されようとも仕方のない罪を自分は犯した。死をもって償えと言われても、拒む権利はないだろう。本気で、そう思う。

罪を責められることに否やはない。
……ただ、一つ。己が恐れて、逃げ出したい事態があるとすれば、それは。

「やめて!」

美しい声が船内に響いて、カインは兜の下で顔を歪めた。
恐れていたのは……これだ。
かばわれ、赦され、行動を共にする。まるで何事もなかったかのように。
何事もなかった、など。誰よりも自らの心が認めないというのに。

「ローザ……」

やめてくれ。頼む。
カインの思いとは裏腹に、ローザはカインの罪を否定する。

操られていたのだから、と。



ローザの背後でカインが唇を噛み締めるのを、エッジの瞳はとらえていた。
内心で、溜息を吐く。

お前が巨人を出現させたも同然なんだから――
だから、最後まで責任とって、黒幕と戦え。
そう言ってやるつもりだったのに、遮られてしまった。
結果として、この竜騎士の青年は今、ひどく傷付いている。

(この姉ちゃんには、まだわかんねーんだろうな……)

純粋な優しさは、時に人を苦しめるということが。
きっと、善人に囲まれて育ってきたのだろう。それに何と言ってもまだ十九だ。仕方がない。
だがこの状況は、カインにとってあまりに酷だ。
エッジは、わしゃ、と自分の髪を掻き乱した。

故郷を焼き払ったあの巨人を、エッジは赦さない。
その降誕に加担したカインの行動も、無論、赦せはしない。

――だが。

(……憎みきれねーんだよなぁ…くっそー)

偽らざる自分の心に、エッジは胸中にひっそりと溜息を吐いた。

エッジはもともと、カインという男にそれほど好感を抱いていなかった。
どちらかといえば、気に食わなかった、と言っていい。
出会った時からずっと、どこか本心の読めぬ男だと思っていた。常に周りの人間から一歩離れて、幼馴染だというバロンの二人にすら壁を作っているかのような。

表面上の涼しげな態度と皮肉な言動の裏に、何を隠しているのか。
それを分からぬままに旅程を共にしていたエッジは、封印の洞窟での裏切りに遭って、憤りつつも心のどこかで納得すらしたのだ。
ヤツの心の芯の部分は、もとより敵の側にあったのだ、と。

それが間違いであったと、今なら分かる。

エッジは凝と目の前の男を見詰めた。
カインの顔は上半分がバイザーに覆われて、その表情を窺い知ることは難しい、けれど。

俯きぎみに佇むその男は、エッジが今までに知っていた彼とは違う。
微妙に。だが、決定的に。
コイツにずっと抱いていた、部品を欠いたカラクリ細工を見るような不快感。表面上は何の傷もない人形が、それでもどこか本来の姿を見せていないような違和感と焦燥感。
敵の術とやらによって切り離され封じ込められていたのは、まさにその、たった一つのパーツだ。

それはゴルベーザへの忠誠でも、ましてやセシルへの憎悪なんてものでもない……痛いほどに真摯で、驚くほど純な心。

ほんの小さな、欠片のような一部分でも。
カインという人間を構成するのに、欠かせない要素だったのだろう。
抜き取られていた歯車を嵌められて動き出したカラクリ――ようやく見えた、本当の、コイツ。

(さて、どうすっか……)

エッジは周りの顔を見回した。
必死な面持ちのローザ。何か…おそらく兄のことも含めて、葛藤しているセシル。そんな彼らを心配そうに見比べるリディア。
彼女らは今、黒幕の正体をカインに告げている。
カインの罪を責めるより、共に戦ってほしいのだろう。その気持ちも、今のエッジには理解できる。

もし、カインがここで自ら赦しを請うような男だったら。
或いは、罪の重さに耐えかねて死を選んだり、親友も想い人も世界の危機も何もかも見捨てて逃げ出すような男であったならば。
おそらく、エッジはこの先の一生、カインという人間を憎むべき対象としか見なかっただろう。
だが、彼は戻って来た。
崩れゆく巨人の中、脱出経路を伝えるべく、決死の覚悟で。

エッジなどよりずっと長い付き合いだ。カインは、自分が姿を見せればセシルやローザがどういう反応を示すか分かっていただろう。
それが己をどれほど苦しめるものかも。
しかしそれでも。ただ彼らを救うためだけに、今一度、相対することを選んだ。
その事実がエッジをして、この男が一服の信頼を置くに値する男だと判断せしめている。

だが。否、だからこそ。
無条件で赦してはならない、と思う。

何よりも……カインの心境を慮ればこそ。


エッジは再び仲間の顔を見渡してから、ぐしゃりと髪を掻き回した。

(なぁ……お前ら、知ってっか?知らねーんだろうな……)

胸に浮かんだ言葉を声には出せずに、天井を仰ぐ。

――罪を自覚しながら責めてもらえないやつってのは、自分で自分をぶった斬るしかないんだぜ……



「ゴルベーザが……セシルの兄…?」

呆然たる声がカインの口から零れる。
沈痛な面持ちで頷いたローザと、その隣で斜め下に視線を逸らしているセシルの顔を見比べて……純粋な驚愕と、それを上回る納得に目を瞠った。

ゴルベーザの素顔を見たことは数えるほどしかない。だが、ほんの数度。漆黒の兜の下から現れた銀髪と、その瞳を見る度に、カインの脳裏によぎったのは奇妙な既視感だった。
今思えば、あれはセシルと同じ髪。

改めて考えれば見た目だけではない。

平素は穏やかだけれど、必要以上に他人に踏み込ませることをしない空気。常に独りで何か考え込んでは、問うても一笑して教えてくれぬこと。決して無愛想というわけではないのに、意外なほど声を出して笑うことが少ないこと。珍しく堪え切れぬ笑声を漏らした時などは、気を許してくれているのだという悦びにこちらの頬まで緩むこと。
そして、不思議と人を惹きつける独特な魅力。カリスマ性、と呼ぶのだろうか。
どれもこれも。一見しただけではかけ離れているようでも、深い部分ではセシルと繋がっていて。

(ああ……そういうこと、か)

思い当った事実に、カインはキュッと唇を引き結んだ。

尊敬すべき御方だと思っていた。
術によって目を曇らされていたとはいえ、カインにはどうしても、ゴルベーザが邪悪な存在だとは思えなかったのだ。それは、今でも。
ただ、時折、噴き出すような負の感情を身に纏う御方だと。それだけが不思議で……心配、だった。
あれが、ゼムスとやらによる洗脳だったとするならば。

巨人を降誕させた時のゴルベーザは、もはや瞑い情念のみに衝き動かされているようだった。
その姿に、これがこの御方の本性か、自分は騙されていたのかと絶望した瞬間は未だカインの胸の奥に燻っている。
――あれが、他者の思念によって意に添わず自身を奪われた姿だったというならば。

何も知らされぬまま、兄弟で争わされていたと、いうならば。

自分の心の奥に灯った感情に、カインは瞬いた。
これは……怒り、だろうか。
それも、術中にあった時にセシルに抱いていたような、瞑く愚かな憎しみではない。
親友を、そして一時の主君を――敬愛すべき人と多くの罪なき人々を、傷付けたものに対する怒りだ。

今更こんな感情を持てることに驚きつつ、顔を上げる。
セシルの瞳は哀しみと葛藤に揺れていた。
その顔を見て……カインは一つ、深呼吸をした。

多くの人を傷付けたこの戦。中でも最も振り回され深手を負ったのは、セシルだ。
親代わりだった主君を殺され。
それと知らずに兄を憎まされ。
親友……に、裏切られ……
それでも、顔を上げて立ち向かっている。尊敬すべき、大切な、親友だ。

自分だけが、罪の重さに耐えかねて逃げ出してはいけない。
己の弱さに負けて、戦うことをやめるわけには……いかない。

「ならば俺も、この借りはゼムスとやらに返さねばなるまい…!」

発した声は思ったよりもしっかりしていて、カインは少しホッとした。
周りの視線が集まるのが分かる。
カインは出来る限り平静を装って、毅然と見えるように背筋を伸ばした。

不安がないわけじゃない。
ゼムスを倒しに行くということは、負の感情を増幅させる思念波の発信源に近付くということ。
……下手をすれば、また。
だが、ゼムスを斬れば、己の暗愚な感情もきっと断ち切ることができる。

ここで自分自身の手でけじめを付けなければ……己の弱さとは、一生決別できぬだろう。
カインはそう自らに言い聞かせて、真っ直ぐにセシルを見た。


「へっ、また操られたりしなきゃいいけどな」

カインの傷を殊更に抉るような台詞は、そっぽを向いたエッジから発せられた。

「ちょっとエッジ…!」

リディアが咎めるような声を出し、ローザがひゅっと息を呑む。
セシルは何も言わずに、少しだけ眉を寄せてエッジを見た。

「そんな…!」
「その時は!」

エッジを非難しようとするリディアの言葉を、カインは強い声で遮った。

「その時は遠慮なく俺を斬るがいい!」

ひたりと、忍の国の王子を見据えて、言い切る。

カインが一番恐れている事態。それは再び闇に呑まれ、セシルを憎み、彼らを手にかけてしまうことだ。
それを避けるためには、自分は月に同行しない方が良いのかもしれない。
しかしそれでは、己の弱さには永遠に打ち勝てず。恐るらくは自分の手の届かぬところで、セシルや……ローザが、命を落とすかもしれない。
どちらもカインには耐えがたかった。

ならば。

再び血迷った瞬間に、斬ってもらえばいい。

哀しいほどに優しいセシルには口が裂けても言えない頼みも、目の前の義憤に燃える王子には、言うことができた。
顔に出さずに感謝する。
この場に、俺を責めてくれるお前がいて、よかった。


「なら俺も行くぜ。そいつに一太刀浴びせねぇと気がすまねぇ!」

振り返ったエッジの目が思いのほか温かくて、カインは驚いた。

「エッジ…」
「あ?なんだよ」
「……いや」

怪訝そうに目を眇められて、咄嗟に視線を逸らし、俯く。

(気のせいだ……たぶん)

エッジにとって自分は、ただの憎むべき裏切り者。
同行を許されただけでも、その懐の深さに感謝すべきだろう。
それなのに、この期に及んで何を虫の良いことを考えているのか。

――あのエッジが、こちらを気遣っているように感じる、など。

どういう自惚れだと、カインは兜の奥で自嘲した。



セシルがローザとリディアを追い出して、魔道船は月へと出航した。
色々と思うところがあるのだろう。セシルはずっと、徐々に近付く月を見詰め続けている。
カインは……こちらも思うところがあるのだろう。船室に引っ込んでいた。
エッジは無機質な廊下を歩いて、船室の扉を開いた。

「よぉ」
「……なんだ、王子様」

寝台に腰掛けて槍を磨いていたカインは、来訪者の姿をチラリと見て、すぐに武具の手入れに目を戻す。
相変わらず無愛想な野郎だ。肩を竦めながらもエッジは部屋に入って扉を閉めた。
……もっとも、この無愛想が決して性格の冷淡さを表すものではないのだと、今ならば分かるのだが。

「あのなぁ、その呼び方はよせっての。なんかバカにされてるみてーだし」
「みたいじゃない。してるんだ」
「あんだとー?」

ぶつくさ言いながら、エッジはカインの隣の寝台に腰を下ろした。
そこに腰を落ち着けられると思っていなかったのか、カインは少し驚いた様子でこちらに視線を向ける。
エッジは右肘を膝の上に置いて頬杖をつくと、兜の下を覗き込むようにカインに目を向けた。

「あのさ」
「何だ」
「俺はさ、お前嫌いだぜ?」
「…………」
「いっつも取り澄ましたツラしやがって、たまに口開きゃムカつく台詞ばっかだし、苦労して手に入れたクリスタル奪って逃げやがるし」
「……嫌みを言いにきたのか?」

あまりにストレートな悪口雑言に、カインは怒るよりも落ち込むよりも呆れて、思わず口を挟んだ。
しかしエッジは、んーにゃ、と曖昧に首を横に振って、少しの間黙り込んだ。

「……おい?」
「俺の親父さぁ、口うるさいオッサンだったんだよ。やれ、ちっとは勉強しろ、それ、もうちょい王子らしくしろってさ」
「……?」
「おふくろもさ、似たようなもんだった。こっちは口うるさいってか、心配性っつー感じだったな。俺がちょっと城を出るっていうのにも、どこ行くのかっていちいち聞いてきたりな」
「おい、何が言いたいんだ?」

突然、何の脈絡もないことを語り出したエッジに、カインは焦れて眉を寄せる。
だがエッジはそしらぬふりで話を続けた。

「うっとーしーなって、思ってたんだよ。わりとな。……でも、やっぱ家族なんだよな。いるのが当たり前で」

そこまで言って、エッジは少し言葉を切り、目を伏せた。

「……あんなことになるなんて、思っちゃいなかった」

あんなこと。
モンスターに改造され、自ら命を絶ったエブラーナ国王夫妻の姿を思い返して、カインは顔を顰めた。

あの時は、誰も、エッジにかける言葉すら見付からなかったのだ。
この王子様は、すぐにいつもの明るい振る舞いに戻ったのだけれど。やはり無理をしていたのだということは、今この表情を見ればわかる。
カインは口を開こうとして……やはり、何も言葉が見つからなかった。

エッジは一つ大きく息を吐くと、顔を上げた。

「俺は情けない息子でさっ」

何か思い切るように、大きめの声で。

「あんな姿にされて苦しんでる親父とおふくろを見ても、楽にしてやることができなかった。斬れって言われても、斬れなくて。正気を保つだけで必死なんだって、生き続けて正気を失っちまうことの方がつらいんだって言われても、置いてかないでくれって縋ってさぁ…」

何故。
どうして今、そんなことを俺に言うのだと、カインはエッジの自嘲するような表情を見詰めていた。
そんな、口にするのも辛い話を、「嫌いだ」と公言した俺相手に、何故。

「親父やおふくろを斬ってやれる強さが、俺にはなかった」

宙を見ながら思い出すように語っていたエッジは、そこでやっと、カインに目を向けた。


「あんたらが血迷ったらこの俺が即座に斬ってやるから、その時まで一緒に、俺達を苦しめたヤツをぶちのめしに行こうぜって言える強さが、あの時の俺にはなかったんだ」

「――っ、エッジ……!」


エッジの言わんとしていることがようやく察せられて、カインは瞠目する。
エッジはちょっと口の端を上げて頷くと、カインに向き直った。

「同じ後悔は二度としねぇ」
「エッジ……」
「安心しろ」

腰に佩いた刀に片手をかけて、エッジはニヤリと笑う。

「いつでも斬ってやる」
「――!」

エッジから感じた温かみが気のせいではなかったのだと、カインは知った。
カインの一番の不安を見抜き、その喉元に切先を突き付けていてくれるという。
セシルやローザとは違う、リディアとも違う、優しさ。

――なんで、だ。

声にならぬ声が、カインの喉を震わせる。

俺は、アンタの故郷を、焼き払った男だ。俺が、あの巨人を誕生させたも同然なのに。アンタだってそう言ったのに。

それなのに、何故。アンタは俺の欲しい言葉をくれる?
どうして……俺を側で、支えてくれると、言うんだ。
俺にはそんな、温かい言葉を掛けてもらう資格など無いというのに。


アンタはどこまで優しいんだ、王子様。

――そして、その温かさが心に染みてしまっている俺は……どこまで浅ましい。


思わず涙が零れそうになって、カインは慌てて顔を伏せた。
そんなカインには気付かぬ様子でエッジは立ち上がる。

「ま、俺はお前のこと嫌いだし?そんな難しいことじゃねーよなー」

おどけて憎まれ口を叩きながら、部屋を出て行こうとするエッジに。
泣き出しそうな己に気を遣ってくれているのだと感じて、カインは彼が自分より五つも年上であることを今更ながらに思い出した。こういうさりげない対応を、大人と呼ぶのだ。

「……ありがとう」

カインはやっとのことで、それだけの言葉を絞り出した。
消え入りそうな声を耳にしたエッジは、少しだけ驚いたように振り返る。

(斬ってやるって言われて、礼を言うヤツもなかなかいねーよなぁ……)

この竜騎士サンも、なかなか哀しい性格してやがる。内心で苦笑しつつ、エッジは後ろ手にひらひらと手を振った。

「どーいたしまして~」



その後カインとエッジは肩を並べて立つことが増え、セシルと、結局強引に付いてきた女性陣は首を傾げることになる。
「最近カインと仲がいいのね。なんか妬けちゃうわ」とローザに言われたエッジが、得も言われぬ複雑な苦笑を浮かべるのは……また、別の話。



-----------------------------
バブイル直後のイベントは屈指のエジカイシーン。

 

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Woodear's - ウッディアズ-
*御礼小話1つ(エッジ独白) お返事はMemoにて
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