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※FF4オンリーでの無料配布を再掲(少々修正あり)
※TA真月編設定
※仲良し元主従ゴル+カイと、カインのことが好きすぎるバロン国王一家
※でも最終的にはエジカイ
よろしければ↓
※TA真月編設定
※仲良し元主従ゴル+カイと、カインのことが好きすぎるバロン国王一家
※でも最終的にはエジカイ
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広大な地下渓谷の深層部。ようやく本来の己を取り戻したセシルを加えて、一行はどこまで続くのか知れぬ空間を奥へ奥へと進んでいる。
今日何度目になるのかも分からない戦闘の最中、敵を一掃すべく強力な黒魔法を詠唱していた黒衣の男へ、突如横合いから接近した魔物が尾を振るった。充分な防御態勢を取れていなかった男は直撃を受けてその長身を吹き飛ばされる。
兄さん、と声を上げようとしたセシルは、自分の声よりも早く、ひゅっと息を呑むような音と同時に突風が隣を駆け抜けたのを感じて目を瞠った。
突風がなびかせていたのは、蒼いマントと金糸の束。今や聖竜騎士となったカインがその脚力を活かして、吹き飛ばされたゴルベーザへ横っ跳びに飛びついたのだ。岸壁に叩きつけられる前に身体を捕え、かばうようにして共に地面に転がる。
ガバリ、即座に身を起こしたカインは、必死の面持ちでゴルベーザの傍らに跪く姿勢をとった。
「ご無事で!?」
彼のその言葉と行動に、ポカンと目と口を開けたのは主に若い世代だ。何事かさっぱり分からないという顔をしたセオドアの隣でローザは思わず声を失い、セシルはパチリと瞬いて、エッジとリディアは顔を見合わせる。
そして言葉を掛けられた当人は、困ったような呆れたような、実に複雑な表情で横に跪くカインを見返した。
「……カイン」
ゴルベーザのその声に、カインはハタと気付いたような表情で数度瞬いた後……フッと、苦笑を零して立ち上がった。
「すまん。つい、な」
短く謝意を述べてから、口角を上げて慇懃な仕草で手をのべる。
「お手を?」
「無用だ」
笑いを含んだカインの口調に、ゴルベーザも僅かに笑みを乗せた声音で応えて立ち上がる――と、その表情にふいに険しさが宿り、鋭くも重厚な声が男の口から放たれた。
「退がれカイン!」
唐突な指図に、カインは惑いなく応えて跳び退った。一瞬前までカインが居た空間を魔物の爪が切り裂いていく。二人の姿を呆然と眺めていた周囲が、そういえば戦闘中であったと我に返った時には既に。ゴルベーザの放った業火が魔物を包み、カインがとどめの槍を突き入れていて。淀みの無い連携攻撃を受けた魔物は断末魔とともに崩れ落ちる。
「――戦闘中に気を抜くとは、お前らしくもない失態だな。カイン?」
敵が息絶えたことを確認したゴルベーザが、カインに声を掛ける。威圧的な口調ながらもどこか揶揄するような響きを含んだその声色が、セオドアにとっては初めて聞くもので。カインに対して上から物を言っているようにも見える伯父の態度にセオドアは驚いたが、彼を本当に驚かせたのはカインの返答だった。
「面目次第もございません。お手を煩わせました」
ピシリと姿勢を正したカインが、うやうやしく頭を下げる。
……え、え?と、セオドアが戸惑って両親に解説を求めようとした矢先。少年を当惑させた二人は、自分たちの小芝居に呆れたように揃って相好を崩した。
「……いかん、こちらの方が馴染むな。アンタと対等な目線で喋るということに未だに慣れん」
「正直なところを言えば、お前に主君扱いされるとどうにも居た堪れん。身勝手な言い分だと承知はしているが、できれば早く慣れてほしいのだがな」
「フ…ッ、わかっている。善処はするつもりだが」
カインはそこで言葉を切ると、彼にしては珍しい、柔らかく穏やかで……まるで愛おしむかのような、ふわりとした微笑みを浮かべた。
「困ったことに……アンタを主と慕う心は、どうあっても俺の中から消えんらしい」
「……カイン」
かつての部下の言葉に、ゴルベーザはやはり困ったように苦笑して――
しかしどこか温かみの滲んだ、優しい瞳でカインを見詰めた。
「エッジ……アレ、僕はどっちに妬いたらいいのかな?」
「知らねーよ」
兄と親友の遣り取りを眺めていたセシルがポツリと呟けば、エッジはげんなりとした表情で投げやりに応えた。
――念のために言っておく。あの聖なる竜騎士殿と黒衣の魔道士は別に、所謂恋人に相対するような意味で好き合っているわけではない。
彼らの間にあるのは十数年前の一時期、特殊な事情から主従関係にあった頃の記憶と、或る種の感情の共有だ。それは恋情の類ではなく、どちらかと言えば、罪悪感の部類に属するもので。下手をすれば諸共に負のスパイラルに陥りそうな危険な連帯感だと、二人が再会した当初、エッジは懸念していたりしたのだが。
結局のところ、彼らの互いに対する感情は、周囲が推測していたよりもずっと複雑なものであったらしい。最初のうちこそ気不味げな空気を漂わせることもあったが、何を切っ掛けにかカインが開き直りを見せて以来、彼らは二人で笑い合うことが多くなった。
それは今までひっそりと静かに交わされる会話や微笑であって、今回のようにカインがあからさまに部下然とする様を見たのは、初めてだけれど。十年前の事情を知っているが故に二人の様子をハラハラと観察していたセシルたち昔の仲間はともかく、カインのことを物語のようにしか伝え聞いていなかった若い世代には、これはもう晴天の霹靂だろうな、とエッジは思う。……同時に、あらぬ誤解を呼ぶぞ、とも。
さてあの二人は、さっきから周りに変な空気をふりまいているのに気が付いているんだろうか。ガシガシと銀髪を掻きながら、お館様は溜息を一つ吐いて声を上げた。
「おーいそこのお二人さん。仲がよろしいのは結構だけどな。公衆の面前でイチャつくのは大概にしとけよー」
「は?」
エッジの言葉に、カインは心底怪訝そうに眉を顰めて振り返った。ああ、やっぱり分かってやがらねーんだな。エッジは軽い頭痛を感じて眉間を押さえる。
そんなエッジの様子など全く意に介さずに、カインは肩を竦めて傍らの男を振り仰いだ。
「気にするな。あの男は昔から、偶に理解不能な事をのたまうんだ」
「……カイン。その言い様は、エブラーナの王が気の毒だ」
カインの失礼な言い草に応えたゴルベーザの声音に、ああ、アイツは分かっているんだなとエッジは察した。さすがに周囲の好奇の視線に気付かぬほど鈍くはないようだ。エッジの言葉が、誤解を招いているぞ、という苦言だと正確に受け取ったらしい。
少々気不味げにカインの発言を咎めたゴルベーザに、しかしカインはほんの僅かに目を瞠り。
「アンタは案外優しいな」
「………………」
エッジを擁護する元主君の発言を、そうとしか評さない竜騎士に。
ゴルベーザは困った表情で黙りこみ、エッジは口元を引き攣らせ、セシルはエッジに目を向けて肩を竦めた。
カインは時々肝心なところで天然なんだよ。そう物語っている親友殿の瞳に、苛立ちと諦めが半々に滲んだ表情でエッジは肩を竦め返した。
「そんなことより、そろそろ全員の魔力も底を尽きかけている。今日のところは結界に戻って夜営した方が良いと思うんだが……セシル?」
「ああ……そうだな。このまま進むのは体力的にも厳しい。無理はせずに一つ前の結界に戻ろう」
周囲の注目をまるで無視して真っ当な提案をしてきたカインに、セシルはにっこりと笑顔で応える。ついさっきまで呆れ顔で見詰めていたくせに、こういうところがセシルの凄いところで、怖いところだ。
セシルとカインを先頭に、諦め顔を浮かべたかつての仲間たちと、何か物問いたげな若い世代が続いて歩き始める。この流れだと自分は殿を務めるべきだなと、疲れた表情ながらも冷静に判断してエッジが後ろに続く……と。
いつの間にか横に歩み寄ってきていた黒衣の男が、無表情ながらも僅かに謝意を読み取れる瞳で、一言。
「……すまんな」
「いや……謝られても複雑なんだけどな」
それが周囲の好奇を煽るような己の言動に関する謝罪なのか、元部下の天然ぶりを代わりに詫びているのかは分からないが。どちらにしても微妙な気分になることは否めない。
正直、謝るくらいなら言葉の端々でカインカインと連呼するのをやめてほしいんだが。
そう思ったエッジは……要するに自分は、偉そうな事を言いつつ、ただ二人の親密さに嫉妬しているだけなのだろうか、と。
四十路手前の国王という立場に似合わぬ己の青さに、呆れ返って苦笑した。
****
「魔法、教えてくれないか。ゴルベーザ」
魔物の近寄らぬ結界の中で、焚火を囲んで食事を摂る。そんなささやかな休息の時間に、聖竜騎士がゴルベーザに歩み寄って唐突にそんなことを言ったものだから、ピクリ、一同の耳は一様にダンボになった。
「カイン、兄さんは黒魔法しか使えないよ?」
やんわりと声を発したセシルの目は、微笑んでいるのにどこか笑っていない。さて、結局どちらに妬いているのか。どちらか一方と言うよりは、『そういう関係』でもないくせに極自然にイチャついているエセバカップルに単純にイラついているのかもしれない。
己の内側に渦巻く苛立ちが嫉妬の類だと自覚してから、エッジは逆に落ち着きを取り戻して彼らを観察していた。
「この人は、自分で使える使えんにかかわらず魔導の知識は人一倍あるんだ」
そうだろう?ゴルベーザに目を向けて、カインがフッと笑う。その、親しさと信頼を十二分に感じさせる表情に周囲はまた静かにザワついて、セシルは笑顔のまま少し目を細めた。
ゴルベーザは一瞬気不味げな顔を見せたものの、この元部下には咎めても無駄だと先程の事で悟ったのだろう、一つ息を吐いて、空の食器を傍らに置いた。
「――白魔法の力を伸ばす方法、でよいのだな?……いや、お前にはそもそも、白魔法と黒魔法の違いから説かねばならんか」
「悪かったな素人で」
苦い顔をしたカインに、ゴルベーザは微かに愉しむような笑みを浮かべる。
「まったくの素人というわけでもあるまい……教えたはずだ。覚えている限りでよい。言ってみろ」
トン、と横の地面を指で叩いたゴルベーザの仕草に、カインは至極自然に応じて隣に腰を下ろすと、徐に口を開いた。
「凡そ魔法とは、己の内側に描いたものを現実世界に具現化する能力だ。脳内に事象を描くことまでは訓練次第で誰にでもできるが、具現化には特殊な才能……所謂、魔力が必要となる。発動できるか否かの鍵を握るのは魔力の有無だが、魔法の威力は、描いた像の正確さ、鮮明さ、強固さが左右する」
つらつらとカインの口から出てきた言葉に驚きの表情を浮かべたのは、パロムやポロム、レオノーラといった魔道士の面々だ。聖なる力を得たカインが多少の白魔法を扱えることは勿論知っていたが、本来は騎士である彼が、魔道に関しての正確な『知識』を持っていることが意外だと、そういう反応である。
ミシディアでは一般的な知識であっても、カインが居た頃のバロンは魔道という分野では他国に後れをとっていたはずだ。セシルやローザも目を瞠っているところを見ると、バロンの兵学校で教養として習う知識というわけでもないらしい。……ならば、先のゴルベーザの言葉通り、術によって彼の配下となっていた間に教えられた事だというわけだ。ゼムスに精神を支配されていたはずのゴルベーザは、意外と部下教育には熱心であったのだろうか。
周囲の驚きと推測を余所に、カインは平然と言葉を続ける。
「一般に魔導士に必要と言われるのは知識や集中力といった精神的な力で、体力などの身体能力は重視されない。が、戦闘の最中、敵の攻撃を恐れずに精神世界に集中するためには、或る程度の体力は不可欠だ。その意味では、騎士である俺の身体能力は魔法を使うに当たってもアドバンテージになると言える……だったか?」
そこで言葉を切って見上げてくる元部下に、ゴルベーザは昔を思い出したのだろうか、有能な部下に満足を覚えたかのような表情を見せてゆったりと頷いた。
「相変わらず、優れた記憶力だ」
「あの頃の俺には、アンタの言葉がすべてだった――忘れるはずもない」
サラリと言ってのけた聖竜騎士に、周りの空気が一瞬固まる。ああまた、誤解を招くことを言ってからに。エッジは額を押さえて、笑顔を張り付けたまま二人を見詰めているセシルの様子を窺った。実はブラコンで同時に親友コンでもあるバロン国王陛下が、あの微笑みの下にどんな感情を押し隠しているのか空恐ろしい。
しかも困ったことに、ここで歯止めをかけるべきゴルベーザの方も、カインの態度に引きずられてしまったのか『部下思いの良き主君』の顔に戻ってしまっている。おいオッサン。エッジは思わず、大人の男らしからぬツッコミを胸中に零した。
「白魔法と黒魔法の違いとは何だと思う」
「黒魔法は攻撃的で、白魔法は守護・補助的……じゃないのか?」
「当たらずとも遠からずだな。ならば、ストップが黒魔法でホールドが白魔法なのは何故だ?コンフュが白魔法なのは?」
ゴルベーザの下問に言葉を失ったのはカインだけではなかった。魔法を使えぬ者たちは揃って首を傾げ、パロムやポロムたち魔道士に視線を向ける。目で尋ねられた魔道士側も、感覚では理解しているもののどう説明したものかと眉を顰めた。
数秒沈思していたカインがお手上げだという目で見上げると、ゴルベーザは素直な生徒に対したような笑みを浮かべて答えを告げた。
「これは私の持論だが……白魔法とは基本的に、対象がいなければ発動しない魔法を謂う。幾つかの例外はあるがな」
ケアル、レイズ、そしてコンフュにサイレス。どれも、何も無い空間に効果を生じさせることは不可能だ。黒衣の黒魔道士は、白魔法に縁が無い者とは思えぬ説得力で言葉を続ける。
「頭の中に思い浮かべた物質や事象を現実世界に具現化するのが黒魔法。対して、魔法をかける対象を特定し、そこに変化を起こすのが白魔法だ。ストップは『固まった空間』という想像を具現化してその中に対象を閉じこめるが、ホールドは対象の体に『動かない』という変化を起こす。わかるか?」
故に、黒魔法は狙いを誤れば避けられることがあるが、白魔法は効かぬことはあっても外すことはない。明確な解説に、魔法を使えぬ者の大半は感嘆の面持ちで頷いた。魔道の心得のある者たちは、己の知識や経験と照らし合わせるように真剣な表情で彼の話を聞いている。
――なんつーか、いつの間にか、あの二人の関係に関する俗な好奇の注目はどっか行っちまったな。そのことに気付いてエブラーナのお館様は舌を巻いた。
気不味い注視を逸らそうと意識してのことかは分からないが、あの男の話術には人を惹きつける力がある。ひょっとしてカインの奴、この説得力で以って洗脳されたのだろうか。そんな考えすらチラリと脳裏を過って、ポリポリと首の後ろを掻く。
「トードは?対象の変化、じゃないのか?」
「ふむ……トード、ミニマム、スリプル……といった辺りは微妙なところだな。それらにも私なりの解釈はあるのだが、今それを講釈していると夜が明ける。またの機会にしよう」
まあ此処に在っては、夜も昼も無いのだがな。微苦笑とともに言い足してカインの笑みを誘ってから、ゴルベーザは解説を続ける。この、雰囲気の作り方が上手い。国王として人前で話す機会の多いエッジは素直に感心した。
「黒魔法の威力は、如何に具体的で鮮明な像を脳内に描けるかに依存する。そのために必要なのは物事に対する深い知識だ。同時に、黒魔法は白魔法と違って事象を発動する位置を自ら選ぶ……要は、「狙う」必要がある。よって黒魔導士には、好奇心が強く知識欲旺盛で、いざという時の決断力・判断力のある者が向いている」
一同の視線がパロムとリディアに向き、なるほど、という色を浮かべる。好奇心に決断力、彼らを表現する言葉として適確だと言えるだろう。
「対して白魔法の威力は、『そうなれ』と念ずる思いの強さに由来する。故に優れた白魔導士は、他者の治癒や補助を本心から願うことのできる心優しい者である反面、己の一念を決して曲げぬ頑固な者であることが多い」
「あー」
思わず納得の声を漏らしたのはパロムだ。チラリと目を向けられたレオノーラは頬を赤らめ、次に視線を投げかけられたポロムはじろりと双子の片割れを睨み返した。
ゴルベーザはそれらの様子を見るともなしに見渡してから……カインに向き直り、軽く揶揄するような声音で語りかけた。
「つまり、だ。カイン。お前の、竜にすら懐を開かせるその心根の清廉さと……山に籠ったまま十数年も下りてこない意固地さは、紛れも無く白魔法の才と謂える」
くすり、セシルとローザが思わず笑みを零す。リディアは悪気もなく同意の声を上げ、エッジもまた、納得して頷いた。確かに、普段は寡黙で我を押し通すことが少ないから目立ちこそしないが、考えてみれば彼ほど頑固な人間もいないのだ。
彼と古くから付き合いのある者たちが揃いも揃って認めたというのに、唯ひとり、カイン当人だけが、眉を顰めてゴルベーザを見返した。
「俺は、」
「清廉などではない、か?」
「…………」
「それが意固地だと言っている」
フ、と笑われて、カインはますます眉を顰めた。その様に更に笑いを誘われたらしく、ローザとセシルが口元を押さえて震えている。
「お前は白魔法など自分には似合わぬと思っているのだろう?」
「……当然だ。兵学校時代から、魔法の訓練などほぼ受けていないに等しい」
「それはお前の竜騎士としての才が突出しすぎていたせいだ。他の才能を開拓しようなどということに、当人も周囲も思い至らなかったのだな」
唐突な称賛に、カインは咄嗟に言葉を失って元主君を見上げた。
ゴルベーザは世辞を言った風もなく、穏やかな笑みでカインを見詰めている。
「私はあの頃から、お前はその気になれば優れた白魔法使いになるだろうと思っていた」
「……まさ、か」
「本当だ。無論、お前の竜騎士としての傑出した才能を霞ませる気も無かったから口にはしなかったがな。魔法など使えなくとも、お前が類い稀なる騎士であることに変わりはない。それは私が保証しよう」
――あれ、オイ。なんかまた変な空気になってねーか。そう気付いたエッジが、口を挟もうかどうしようかと迷った時。同じ空気を感じたのだろうか、先程まで笑いを堪えていたセシルが、珍しくも少し不機嫌な声色で割って入った。
「……でもやっぱり、カインに白魔法って、なんか似合わないよね」
随分と失礼な親友の台詞に、カインが何か言葉を返すよりも早く。セシルの妻と子が被せるように声を上げる。
「私もそう思うわ」
「僕もです」
「……お前たちな……」
まあ俺も似合わんとは思うが、と、呆れ顔でぼやこうとしたカインは、横合いからクックと喉を鳴らす音が聞こえて振り返った。
見れば、ゴルベーザが希少にも笑声を漏らしていて。
「気を悪くするな、カイン。お前の親友たちは、お前の傷は自分が治したいと言っているだけだ」
お前に、自ら傷を治されてしまうのがどうにも気に入らなくて――不安、なのだろう。
その言葉に、バロン国王一家は口を噤み。彼らの表情から無言の肯定を見て取ったカインは、声を失って瞬いた。
……だが、と、ゴルベーザは未だ笑い含みのまま言葉を続ける。
「セシル、それは無用の心配というものだ。白魔法とは、『そうなれ』と願う力だと言っただろう」
「……それが?」
弟の問いかけに、ゴルベーザは口元に悪戯めいた笑みを刷き、視線で傍らの竜騎士を指し示した。
「お前も知っての通り、この者は己の傷を顧みることは、近来稀に見るほどに下手だからな」
これには他者の治癒を願うことはできても、自らを癒すことを心の底から願うなどできはせん。
あっさりと言い切られて――返す言葉が見付からず、カインは押し黙った。ああそうか、そうね、そうですね、とニッコリ笑った親友一家には何となく腹が立つが、己の性分をズバリと言い当てられては反論の余地が無い。
「だから、お前が白魔法の力を伸ばしたいと思うなら……そうだな、例えば……カイン、ケアルを詠唱してみろ」
「は……?あ、ああ」
急に話を魔道の講義に戻したゴルベーザに、カインは戸惑いつつも目を閉じて詠唱を開始した。この月へ出立する前にローザから教わった癒しの言の葉を舌に乗せる。
短い詠唱を終えて、カインがケアルを発動しようとした、まさにその直前。
ゴルベーザはカインの耳にスッと顔を寄せて――何事か、囁いた。
途端、目を瞠ったカインが発したのは、今までの彼の回復呪文とは比較にならぬほどの白き輝き。
「……ケアル!」
発動された癒しの呪文は、目的とされた対象を見るまでもなく、格段にレベルが上がっていることは明らかで。
一同は、白魔道士を中心に、驚きの声を上げてカインを見詰めた。
「今の……!?」
「な、何をなさったんですか?白魔法の力が……急速に高まるのを感じました!すごいです……!」
ポロムとレオノーラが目を瞠ってゴルベーザに問い掛ける。ミシディアやトロイアでさえ、こんな事は見たことも聞いたこともない。ただ一言、囁くだけで、白魔法のレベルを上げるなど。
もしできることならばその技を会得したいと、真剣なまなざしを向ける二人の少女に……ゴルベーザはしかし、特別な技ではないと首を横に振った。
「――私はただ、先程の戦闘で傷を負ったにも関わらず、それを隠している者の名を教えただけだ」
軽い口調でそう言って、また、クックと笑声を零す。
「余程、その者が大事と見える」
「ゴルベーザ!」
ゴルベーザの台詞を、慌てて遮ったカインの表情に。
多くの者はただ唖然としたが、息を呑んだのはこれまたバロン国王一家だ。
「ローザ?」
「いいえ、あなたじゃないの?」
まず、ハーヴィ夫婦が確認し合う。それから、二人の視線が同時に息子へ向かった。
「「……セオドア!」」
「僕じゃありません!」
聡明なるバロンの王太子殿下はキッパリと即答して、今度は三人の視線が一斉にカインに向けられる。
「カイン?」
「誰なの?」
「どなたなんですか、カインさん!」
パラディンや白魔道士の声とも思えぬ詰問口調で詰め寄られてカインがたじたじと後ずさる。その様子を、周りの人間は呆然と眺めていた。笑っているのはシドとリディア、そしてギルバートぐらいだ。
「な、なんだか怖いです。セシルさま達……」
「ったく、セシルのあんちゃん達、なんであの裏切り魔の竜騎士サンがそんなに好きなのかね?」
「パロム、口を慎みなさい!」
ポロムに鋭く咎められて、パロムがへーへーと肩を竦める。その間も、バロンの三人組による詰問は続いていて。
「あのな……!誰でもいいだろうそんなものは!」
「何言ってるの!」
「全然よくありません!」
「カインの大切な人、なんだろう?僕らには教えてくれてもいいじゃないか!」
「~~……ッ、ゴルベーザ!」
ジリジリと壁際へ追い込まれながら、カインが事の原因へ助勢を求める。しかしゴルベーザの反応は、よりにもよって今に限っては無慈悲なもので。
「私にはどうにもできん。自分で何とかするんだな」
「な……っ、アンタのせいだろうが!」
「言っただろう。私は一言、或る者の怪我を伝えただけだ。それにあそこまで顕著な反応を見せたお前が悪い」
「カイン……!誰なんだ!?」
「煽るなぁぁぁぁ!!」
ドン、と岩壁に退路を阻まれたカインは、元主君への怒声を上げて頭を抱えた。
(その辺にしといてやれよ、と止めてやるのは、簡単なんだけどな)
騒ぎの中心から少し離れた位置で、エッジはバロン出身四人組のドタバタ劇を呆れ顔で眺めていた。
止めてやらねば、アレは少々カインが気の毒だ。そしてゴルベーザが煽ってシドが笑って見ている以上、アレを止められるのはおそらく自分しかいない。騒ぎの度が過ぎればヤンが止めてくれるだろうが、差し当たって彼は、微笑ましいじゃれあいとして眺めているようだ。
(俺が止めるしかねーんだろうなぁ……)
そう、思う。思うのだが。
今、この問題だけは。自分が止めに入ると非常にややこしいことになる。
それが分かっているから、エッジは先程から傍観を決め込んでいるのであった。
(……ったく、あの、バカ)
エッジは胸中に溜息を吐いて、ガシガシと頭を掻き回した。
(ちょっと寝て魔力回復したら、がんやくで治すつもりだったつーのに)
見事に塞がってしまった傷口を服の上からなぞって、口布の下で唇を歪める。
――ああ、もう、本当に馬鹿だ。
こんな些細な傷とも知らず、ゴルベーザの言葉に過剰な反応を見せてしまって追い詰められているアイツも。
……大切な人、などという表現に、年甲斐もなく照れを感じている自分も。
あーもーバカすぎる。やってらんねー。頭を抱えたい思いを必死に耐えていたエッジは、いつからかこちらを見ていたゴルベーザとふいに目が合って。
フ、と微笑を零されて、居た堪れなさについに耐え切れず深い溜息を吐いた。
どうやらあの黒衣の男には、俺のひそかな嫉妬心すら疾うに見抜かれていたらしい。
ならば先のあの謝罪も……それに対するもの、だったのだろう。
ああまったく、敵わない。素直に白旗を掲げながらも、心のどこかで悔しく思っている自分が居て。
これも嫉妬の一種だと悟ったお館様は、今度は頭を壁に打ち付けたい思いを必死に耐えることになった。
--------------
結局バカップルなのはエジカイの方でしたという話。
実は真月編を未プレイなので(オイ)ノベライズと他サイト様のネタバレから想像して書いています。何かオカシなところがあったらすみません…!
集結編で止まっているTAを早く再開しなければ……orz
今日何度目になるのかも分からない戦闘の最中、敵を一掃すべく強力な黒魔法を詠唱していた黒衣の男へ、突如横合いから接近した魔物が尾を振るった。充分な防御態勢を取れていなかった男は直撃を受けてその長身を吹き飛ばされる。
兄さん、と声を上げようとしたセシルは、自分の声よりも早く、ひゅっと息を呑むような音と同時に突風が隣を駆け抜けたのを感じて目を瞠った。
突風がなびかせていたのは、蒼いマントと金糸の束。今や聖竜騎士となったカインがその脚力を活かして、吹き飛ばされたゴルベーザへ横っ跳びに飛びついたのだ。岸壁に叩きつけられる前に身体を捕え、かばうようにして共に地面に転がる。
ガバリ、即座に身を起こしたカインは、必死の面持ちでゴルベーザの傍らに跪く姿勢をとった。
「ご無事で!?」
彼のその言葉と行動に、ポカンと目と口を開けたのは主に若い世代だ。何事かさっぱり分からないという顔をしたセオドアの隣でローザは思わず声を失い、セシルはパチリと瞬いて、エッジとリディアは顔を見合わせる。
そして言葉を掛けられた当人は、困ったような呆れたような、実に複雑な表情で横に跪くカインを見返した。
「……カイン」
ゴルベーザのその声に、カインはハタと気付いたような表情で数度瞬いた後……フッと、苦笑を零して立ち上がった。
「すまん。つい、な」
短く謝意を述べてから、口角を上げて慇懃な仕草で手をのべる。
「お手を?」
「無用だ」
笑いを含んだカインの口調に、ゴルベーザも僅かに笑みを乗せた声音で応えて立ち上がる――と、その表情にふいに険しさが宿り、鋭くも重厚な声が男の口から放たれた。
「退がれカイン!」
唐突な指図に、カインは惑いなく応えて跳び退った。一瞬前までカインが居た空間を魔物の爪が切り裂いていく。二人の姿を呆然と眺めていた周囲が、そういえば戦闘中であったと我に返った時には既に。ゴルベーザの放った業火が魔物を包み、カインがとどめの槍を突き入れていて。淀みの無い連携攻撃を受けた魔物は断末魔とともに崩れ落ちる。
「――戦闘中に気を抜くとは、お前らしくもない失態だな。カイン?」
敵が息絶えたことを確認したゴルベーザが、カインに声を掛ける。威圧的な口調ながらもどこか揶揄するような響きを含んだその声色が、セオドアにとっては初めて聞くもので。カインに対して上から物を言っているようにも見える伯父の態度にセオドアは驚いたが、彼を本当に驚かせたのはカインの返答だった。
「面目次第もございません。お手を煩わせました」
ピシリと姿勢を正したカインが、うやうやしく頭を下げる。
……え、え?と、セオドアが戸惑って両親に解説を求めようとした矢先。少年を当惑させた二人は、自分たちの小芝居に呆れたように揃って相好を崩した。
「……いかん、こちらの方が馴染むな。アンタと対等な目線で喋るということに未だに慣れん」
「正直なところを言えば、お前に主君扱いされるとどうにも居た堪れん。身勝手な言い分だと承知はしているが、できれば早く慣れてほしいのだがな」
「フ…ッ、わかっている。善処はするつもりだが」
カインはそこで言葉を切ると、彼にしては珍しい、柔らかく穏やかで……まるで愛おしむかのような、ふわりとした微笑みを浮かべた。
「困ったことに……アンタを主と慕う心は、どうあっても俺の中から消えんらしい」
「……カイン」
かつての部下の言葉に、ゴルベーザはやはり困ったように苦笑して――
しかしどこか温かみの滲んだ、優しい瞳でカインを見詰めた。
「エッジ……アレ、僕はどっちに妬いたらいいのかな?」
「知らねーよ」
兄と親友の遣り取りを眺めていたセシルがポツリと呟けば、エッジはげんなりとした表情で投げやりに応えた。
――念のために言っておく。あの聖なる竜騎士殿と黒衣の魔道士は別に、所謂恋人に相対するような意味で好き合っているわけではない。
彼らの間にあるのは十数年前の一時期、特殊な事情から主従関係にあった頃の記憶と、或る種の感情の共有だ。それは恋情の類ではなく、どちらかと言えば、罪悪感の部類に属するもので。下手をすれば諸共に負のスパイラルに陥りそうな危険な連帯感だと、二人が再会した当初、エッジは懸念していたりしたのだが。
結局のところ、彼らの互いに対する感情は、周囲が推測していたよりもずっと複雑なものであったらしい。最初のうちこそ気不味げな空気を漂わせることもあったが、何を切っ掛けにかカインが開き直りを見せて以来、彼らは二人で笑い合うことが多くなった。
それは今までひっそりと静かに交わされる会話や微笑であって、今回のようにカインがあからさまに部下然とする様を見たのは、初めてだけれど。十年前の事情を知っているが故に二人の様子をハラハラと観察していたセシルたち昔の仲間はともかく、カインのことを物語のようにしか伝え聞いていなかった若い世代には、これはもう晴天の霹靂だろうな、とエッジは思う。……同時に、あらぬ誤解を呼ぶぞ、とも。
さてあの二人は、さっきから周りに変な空気をふりまいているのに気が付いているんだろうか。ガシガシと銀髪を掻きながら、お館様は溜息を一つ吐いて声を上げた。
「おーいそこのお二人さん。仲がよろしいのは結構だけどな。公衆の面前でイチャつくのは大概にしとけよー」
「は?」
エッジの言葉に、カインは心底怪訝そうに眉を顰めて振り返った。ああ、やっぱり分かってやがらねーんだな。エッジは軽い頭痛を感じて眉間を押さえる。
そんなエッジの様子など全く意に介さずに、カインは肩を竦めて傍らの男を振り仰いだ。
「気にするな。あの男は昔から、偶に理解不能な事をのたまうんだ」
「……カイン。その言い様は、エブラーナの王が気の毒だ」
カインの失礼な言い草に応えたゴルベーザの声音に、ああ、アイツは分かっているんだなとエッジは察した。さすがに周囲の好奇の視線に気付かぬほど鈍くはないようだ。エッジの言葉が、誤解を招いているぞ、という苦言だと正確に受け取ったらしい。
少々気不味げにカインの発言を咎めたゴルベーザに、しかしカインはほんの僅かに目を瞠り。
「アンタは案外優しいな」
「………………」
エッジを擁護する元主君の発言を、そうとしか評さない竜騎士に。
ゴルベーザは困った表情で黙りこみ、エッジは口元を引き攣らせ、セシルはエッジに目を向けて肩を竦めた。
カインは時々肝心なところで天然なんだよ。そう物語っている親友殿の瞳に、苛立ちと諦めが半々に滲んだ表情でエッジは肩を竦め返した。
「そんなことより、そろそろ全員の魔力も底を尽きかけている。今日のところは結界に戻って夜営した方が良いと思うんだが……セシル?」
「ああ……そうだな。このまま進むのは体力的にも厳しい。無理はせずに一つ前の結界に戻ろう」
周囲の注目をまるで無視して真っ当な提案をしてきたカインに、セシルはにっこりと笑顔で応える。ついさっきまで呆れ顔で見詰めていたくせに、こういうところがセシルの凄いところで、怖いところだ。
セシルとカインを先頭に、諦め顔を浮かべたかつての仲間たちと、何か物問いたげな若い世代が続いて歩き始める。この流れだと自分は殿を務めるべきだなと、疲れた表情ながらも冷静に判断してエッジが後ろに続く……と。
いつの間にか横に歩み寄ってきていた黒衣の男が、無表情ながらも僅かに謝意を読み取れる瞳で、一言。
「……すまんな」
「いや……謝られても複雑なんだけどな」
それが周囲の好奇を煽るような己の言動に関する謝罪なのか、元部下の天然ぶりを代わりに詫びているのかは分からないが。どちらにしても微妙な気分になることは否めない。
正直、謝るくらいなら言葉の端々でカインカインと連呼するのをやめてほしいんだが。
そう思ったエッジは……要するに自分は、偉そうな事を言いつつ、ただ二人の親密さに嫉妬しているだけなのだろうか、と。
四十路手前の国王という立場に似合わぬ己の青さに、呆れ返って苦笑した。
****
「魔法、教えてくれないか。ゴルベーザ」
魔物の近寄らぬ結界の中で、焚火を囲んで食事を摂る。そんなささやかな休息の時間に、聖竜騎士がゴルベーザに歩み寄って唐突にそんなことを言ったものだから、ピクリ、一同の耳は一様にダンボになった。
「カイン、兄さんは黒魔法しか使えないよ?」
やんわりと声を発したセシルの目は、微笑んでいるのにどこか笑っていない。さて、結局どちらに妬いているのか。どちらか一方と言うよりは、『そういう関係』でもないくせに極自然にイチャついているエセバカップルに単純にイラついているのかもしれない。
己の内側に渦巻く苛立ちが嫉妬の類だと自覚してから、エッジは逆に落ち着きを取り戻して彼らを観察していた。
「この人は、自分で使える使えんにかかわらず魔導の知識は人一倍あるんだ」
そうだろう?ゴルベーザに目を向けて、カインがフッと笑う。その、親しさと信頼を十二分に感じさせる表情に周囲はまた静かにザワついて、セシルは笑顔のまま少し目を細めた。
ゴルベーザは一瞬気不味げな顔を見せたものの、この元部下には咎めても無駄だと先程の事で悟ったのだろう、一つ息を吐いて、空の食器を傍らに置いた。
「――白魔法の力を伸ばす方法、でよいのだな?……いや、お前にはそもそも、白魔法と黒魔法の違いから説かねばならんか」
「悪かったな素人で」
苦い顔をしたカインに、ゴルベーザは微かに愉しむような笑みを浮かべる。
「まったくの素人というわけでもあるまい……教えたはずだ。覚えている限りでよい。言ってみろ」
トン、と横の地面を指で叩いたゴルベーザの仕草に、カインは至極自然に応じて隣に腰を下ろすと、徐に口を開いた。
「凡そ魔法とは、己の内側に描いたものを現実世界に具現化する能力だ。脳内に事象を描くことまでは訓練次第で誰にでもできるが、具現化には特殊な才能……所謂、魔力が必要となる。発動できるか否かの鍵を握るのは魔力の有無だが、魔法の威力は、描いた像の正確さ、鮮明さ、強固さが左右する」
つらつらとカインの口から出てきた言葉に驚きの表情を浮かべたのは、パロムやポロム、レオノーラといった魔道士の面々だ。聖なる力を得たカインが多少の白魔法を扱えることは勿論知っていたが、本来は騎士である彼が、魔道に関しての正確な『知識』を持っていることが意外だと、そういう反応である。
ミシディアでは一般的な知識であっても、カインが居た頃のバロンは魔道という分野では他国に後れをとっていたはずだ。セシルやローザも目を瞠っているところを見ると、バロンの兵学校で教養として習う知識というわけでもないらしい。……ならば、先のゴルベーザの言葉通り、術によって彼の配下となっていた間に教えられた事だというわけだ。ゼムスに精神を支配されていたはずのゴルベーザは、意外と部下教育には熱心であったのだろうか。
周囲の驚きと推測を余所に、カインは平然と言葉を続ける。
「一般に魔導士に必要と言われるのは知識や集中力といった精神的な力で、体力などの身体能力は重視されない。が、戦闘の最中、敵の攻撃を恐れずに精神世界に集中するためには、或る程度の体力は不可欠だ。その意味では、騎士である俺の身体能力は魔法を使うに当たってもアドバンテージになると言える……だったか?」
そこで言葉を切って見上げてくる元部下に、ゴルベーザは昔を思い出したのだろうか、有能な部下に満足を覚えたかのような表情を見せてゆったりと頷いた。
「相変わらず、優れた記憶力だ」
「あの頃の俺には、アンタの言葉がすべてだった――忘れるはずもない」
サラリと言ってのけた聖竜騎士に、周りの空気が一瞬固まる。ああまた、誤解を招くことを言ってからに。エッジは額を押さえて、笑顔を張り付けたまま二人を見詰めているセシルの様子を窺った。実はブラコンで同時に親友コンでもあるバロン国王陛下が、あの微笑みの下にどんな感情を押し隠しているのか空恐ろしい。
しかも困ったことに、ここで歯止めをかけるべきゴルベーザの方も、カインの態度に引きずられてしまったのか『部下思いの良き主君』の顔に戻ってしまっている。おいオッサン。エッジは思わず、大人の男らしからぬツッコミを胸中に零した。
「白魔法と黒魔法の違いとは何だと思う」
「黒魔法は攻撃的で、白魔法は守護・補助的……じゃないのか?」
「当たらずとも遠からずだな。ならば、ストップが黒魔法でホールドが白魔法なのは何故だ?コンフュが白魔法なのは?」
ゴルベーザの下問に言葉を失ったのはカインだけではなかった。魔法を使えぬ者たちは揃って首を傾げ、パロムやポロムたち魔道士に視線を向ける。目で尋ねられた魔道士側も、感覚では理解しているもののどう説明したものかと眉を顰めた。
数秒沈思していたカインがお手上げだという目で見上げると、ゴルベーザは素直な生徒に対したような笑みを浮かべて答えを告げた。
「これは私の持論だが……白魔法とは基本的に、対象がいなければ発動しない魔法を謂う。幾つかの例外はあるがな」
ケアル、レイズ、そしてコンフュにサイレス。どれも、何も無い空間に効果を生じさせることは不可能だ。黒衣の黒魔道士は、白魔法に縁が無い者とは思えぬ説得力で言葉を続ける。
「頭の中に思い浮かべた物質や事象を現実世界に具現化するのが黒魔法。対して、魔法をかける対象を特定し、そこに変化を起こすのが白魔法だ。ストップは『固まった空間』という想像を具現化してその中に対象を閉じこめるが、ホールドは対象の体に『動かない』という変化を起こす。わかるか?」
故に、黒魔法は狙いを誤れば避けられることがあるが、白魔法は効かぬことはあっても外すことはない。明確な解説に、魔法を使えぬ者の大半は感嘆の面持ちで頷いた。魔道の心得のある者たちは、己の知識や経験と照らし合わせるように真剣な表情で彼の話を聞いている。
――なんつーか、いつの間にか、あの二人の関係に関する俗な好奇の注目はどっか行っちまったな。そのことに気付いてエブラーナのお館様は舌を巻いた。
気不味い注視を逸らそうと意識してのことかは分からないが、あの男の話術には人を惹きつける力がある。ひょっとしてカインの奴、この説得力で以って洗脳されたのだろうか。そんな考えすらチラリと脳裏を過って、ポリポリと首の後ろを掻く。
「トードは?対象の変化、じゃないのか?」
「ふむ……トード、ミニマム、スリプル……といった辺りは微妙なところだな。それらにも私なりの解釈はあるのだが、今それを講釈していると夜が明ける。またの機会にしよう」
まあ此処に在っては、夜も昼も無いのだがな。微苦笑とともに言い足してカインの笑みを誘ってから、ゴルベーザは解説を続ける。この、雰囲気の作り方が上手い。国王として人前で話す機会の多いエッジは素直に感心した。
「黒魔法の威力は、如何に具体的で鮮明な像を脳内に描けるかに依存する。そのために必要なのは物事に対する深い知識だ。同時に、黒魔法は白魔法と違って事象を発動する位置を自ら選ぶ……要は、「狙う」必要がある。よって黒魔導士には、好奇心が強く知識欲旺盛で、いざという時の決断力・判断力のある者が向いている」
一同の視線がパロムとリディアに向き、なるほど、という色を浮かべる。好奇心に決断力、彼らを表現する言葉として適確だと言えるだろう。
「対して白魔法の威力は、『そうなれ』と念ずる思いの強さに由来する。故に優れた白魔導士は、他者の治癒や補助を本心から願うことのできる心優しい者である反面、己の一念を決して曲げぬ頑固な者であることが多い」
「あー」
思わず納得の声を漏らしたのはパロムだ。チラリと目を向けられたレオノーラは頬を赤らめ、次に視線を投げかけられたポロムはじろりと双子の片割れを睨み返した。
ゴルベーザはそれらの様子を見るともなしに見渡してから……カインに向き直り、軽く揶揄するような声音で語りかけた。
「つまり、だ。カイン。お前の、竜にすら懐を開かせるその心根の清廉さと……山に籠ったまま十数年も下りてこない意固地さは、紛れも無く白魔法の才と謂える」
くすり、セシルとローザが思わず笑みを零す。リディアは悪気もなく同意の声を上げ、エッジもまた、納得して頷いた。確かに、普段は寡黙で我を押し通すことが少ないから目立ちこそしないが、考えてみれば彼ほど頑固な人間もいないのだ。
彼と古くから付き合いのある者たちが揃いも揃って認めたというのに、唯ひとり、カイン当人だけが、眉を顰めてゴルベーザを見返した。
「俺は、」
「清廉などではない、か?」
「…………」
「それが意固地だと言っている」
フ、と笑われて、カインはますます眉を顰めた。その様に更に笑いを誘われたらしく、ローザとセシルが口元を押さえて震えている。
「お前は白魔法など自分には似合わぬと思っているのだろう?」
「……当然だ。兵学校時代から、魔法の訓練などほぼ受けていないに等しい」
「それはお前の竜騎士としての才が突出しすぎていたせいだ。他の才能を開拓しようなどということに、当人も周囲も思い至らなかったのだな」
唐突な称賛に、カインは咄嗟に言葉を失って元主君を見上げた。
ゴルベーザは世辞を言った風もなく、穏やかな笑みでカインを見詰めている。
「私はあの頃から、お前はその気になれば優れた白魔法使いになるだろうと思っていた」
「……まさ、か」
「本当だ。無論、お前の竜騎士としての傑出した才能を霞ませる気も無かったから口にはしなかったがな。魔法など使えなくとも、お前が類い稀なる騎士であることに変わりはない。それは私が保証しよう」
――あれ、オイ。なんかまた変な空気になってねーか。そう気付いたエッジが、口を挟もうかどうしようかと迷った時。同じ空気を感じたのだろうか、先程まで笑いを堪えていたセシルが、珍しくも少し不機嫌な声色で割って入った。
「……でもやっぱり、カインに白魔法って、なんか似合わないよね」
随分と失礼な親友の台詞に、カインが何か言葉を返すよりも早く。セシルの妻と子が被せるように声を上げる。
「私もそう思うわ」
「僕もです」
「……お前たちな……」
まあ俺も似合わんとは思うが、と、呆れ顔でぼやこうとしたカインは、横合いからクックと喉を鳴らす音が聞こえて振り返った。
見れば、ゴルベーザが希少にも笑声を漏らしていて。
「気を悪くするな、カイン。お前の親友たちは、お前の傷は自分が治したいと言っているだけだ」
お前に、自ら傷を治されてしまうのがどうにも気に入らなくて――不安、なのだろう。
その言葉に、バロン国王一家は口を噤み。彼らの表情から無言の肯定を見て取ったカインは、声を失って瞬いた。
……だが、と、ゴルベーザは未だ笑い含みのまま言葉を続ける。
「セシル、それは無用の心配というものだ。白魔法とは、『そうなれ』と願う力だと言っただろう」
「……それが?」
弟の問いかけに、ゴルベーザは口元に悪戯めいた笑みを刷き、視線で傍らの竜騎士を指し示した。
「お前も知っての通り、この者は己の傷を顧みることは、近来稀に見るほどに下手だからな」
これには他者の治癒を願うことはできても、自らを癒すことを心の底から願うなどできはせん。
あっさりと言い切られて――返す言葉が見付からず、カインは押し黙った。ああそうか、そうね、そうですね、とニッコリ笑った親友一家には何となく腹が立つが、己の性分をズバリと言い当てられては反論の余地が無い。
「だから、お前が白魔法の力を伸ばしたいと思うなら……そうだな、例えば……カイン、ケアルを詠唱してみろ」
「は……?あ、ああ」
急に話を魔道の講義に戻したゴルベーザに、カインは戸惑いつつも目を閉じて詠唱を開始した。この月へ出立する前にローザから教わった癒しの言の葉を舌に乗せる。
短い詠唱を終えて、カインがケアルを発動しようとした、まさにその直前。
ゴルベーザはカインの耳にスッと顔を寄せて――何事か、囁いた。
途端、目を瞠ったカインが発したのは、今までの彼の回復呪文とは比較にならぬほどの白き輝き。
「……ケアル!」
発動された癒しの呪文は、目的とされた対象を見るまでもなく、格段にレベルが上がっていることは明らかで。
一同は、白魔道士を中心に、驚きの声を上げてカインを見詰めた。
「今の……!?」
「な、何をなさったんですか?白魔法の力が……急速に高まるのを感じました!すごいです……!」
ポロムとレオノーラが目を瞠ってゴルベーザに問い掛ける。ミシディアやトロイアでさえ、こんな事は見たことも聞いたこともない。ただ一言、囁くだけで、白魔法のレベルを上げるなど。
もしできることならばその技を会得したいと、真剣なまなざしを向ける二人の少女に……ゴルベーザはしかし、特別な技ではないと首を横に振った。
「――私はただ、先程の戦闘で傷を負ったにも関わらず、それを隠している者の名を教えただけだ」
軽い口調でそう言って、また、クックと笑声を零す。
「余程、その者が大事と見える」
「ゴルベーザ!」
ゴルベーザの台詞を、慌てて遮ったカインの表情に。
多くの者はただ唖然としたが、息を呑んだのはこれまたバロン国王一家だ。
「ローザ?」
「いいえ、あなたじゃないの?」
まず、ハーヴィ夫婦が確認し合う。それから、二人の視線が同時に息子へ向かった。
「「……セオドア!」」
「僕じゃありません!」
聡明なるバロンの王太子殿下はキッパリと即答して、今度は三人の視線が一斉にカインに向けられる。
「カイン?」
「誰なの?」
「どなたなんですか、カインさん!」
パラディンや白魔道士の声とも思えぬ詰問口調で詰め寄られてカインがたじたじと後ずさる。その様子を、周りの人間は呆然と眺めていた。笑っているのはシドとリディア、そしてギルバートぐらいだ。
「な、なんだか怖いです。セシルさま達……」
「ったく、セシルのあんちゃん達、なんであの裏切り魔の竜騎士サンがそんなに好きなのかね?」
「パロム、口を慎みなさい!」
ポロムに鋭く咎められて、パロムがへーへーと肩を竦める。その間も、バロンの三人組による詰問は続いていて。
「あのな……!誰でもいいだろうそんなものは!」
「何言ってるの!」
「全然よくありません!」
「カインの大切な人、なんだろう?僕らには教えてくれてもいいじゃないか!」
「~~……ッ、ゴルベーザ!」
ジリジリと壁際へ追い込まれながら、カインが事の原因へ助勢を求める。しかしゴルベーザの反応は、よりにもよって今に限っては無慈悲なもので。
「私にはどうにもできん。自分で何とかするんだな」
「な……っ、アンタのせいだろうが!」
「言っただろう。私は一言、或る者の怪我を伝えただけだ。それにあそこまで顕著な反応を見せたお前が悪い」
「カイン……!誰なんだ!?」
「煽るなぁぁぁぁ!!」
ドン、と岩壁に退路を阻まれたカインは、元主君への怒声を上げて頭を抱えた。
(その辺にしといてやれよ、と止めてやるのは、簡単なんだけどな)
騒ぎの中心から少し離れた位置で、エッジはバロン出身四人組のドタバタ劇を呆れ顔で眺めていた。
止めてやらねば、アレは少々カインが気の毒だ。そしてゴルベーザが煽ってシドが笑って見ている以上、アレを止められるのはおそらく自分しかいない。騒ぎの度が過ぎればヤンが止めてくれるだろうが、差し当たって彼は、微笑ましいじゃれあいとして眺めているようだ。
(俺が止めるしかねーんだろうなぁ……)
そう、思う。思うのだが。
今、この問題だけは。自分が止めに入ると非常にややこしいことになる。
それが分かっているから、エッジは先程から傍観を決め込んでいるのであった。
(……ったく、あの、バカ)
エッジは胸中に溜息を吐いて、ガシガシと頭を掻き回した。
(ちょっと寝て魔力回復したら、がんやくで治すつもりだったつーのに)
見事に塞がってしまった傷口を服の上からなぞって、口布の下で唇を歪める。
――ああ、もう、本当に馬鹿だ。
こんな些細な傷とも知らず、ゴルベーザの言葉に過剰な反応を見せてしまって追い詰められているアイツも。
……大切な人、などという表現に、年甲斐もなく照れを感じている自分も。
あーもーバカすぎる。やってらんねー。頭を抱えたい思いを必死に耐えていたエッジは、いつからかこちらを見ていたゴルベーザとふいに目が合って。
フ、と微笑を零されて、居た堪れなさについに耐え切れず深い溜息を吐いた。
どうやらあの黒衣の男には、俺のひそかな嫉妬心すら疾うに見抜かれていたらしい。
ならば先のあの謝罪も……それに対するもの、だったのだろう。
ああまったく、敵わない。素直に白旗を掲げながらも、心のどこかで悔しく思っている自分が居て。
これも嫉妬の一種だと悟ったお館様は、今度は頭を壁に打ち付けたい思いを必死に耐えることになった。
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結局バカップルなのはエジカイの方でしたという話。
実は真月編を未プレイなので(オイ)ノベライズと他サイト様のネタバレから想像して書いています。何かオカシなところがあったらすみません…!
集結編で止まっているTAを早く再開しなければ……orz
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