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・半分デキてる感じのエジカイ。
よろしければ続きからどうぞー↓
エブラーナってのは、建国以来、長いこと他国との交流が無かったんだ。
海に囲まれてるうえ、荒い海流に阻まれて普通の船は来れねーってのが主な原因でな。飛空艇の開発に成功したバロンが空から飛んできたのがエブラーナ初の外交っつっても過言じゃねぇ。
そんなわけで、唐突にうちにやってきて城から隠れ里まで平然と闊歩していったセシルのヤツらは、俺らエブラーナ国民にとっちゃ結構な衝撃だった。
本来ならもっと奇異の目で見られて排斥されてもオカシくなかったんだけどよ。それがわりと抵抗なく受け入れられたのは、「異国人」なんかよりもずっと異形の……魔物、たちの襲撃を受けた直後だったってのが、まあ、良い方向に作用したんだな。
感覚がマヒしてたっつーか、異国人だろーと何だろーととりあえず「人間」だっつー大きな括りで見られたわけだ。
あと、美人が二人いたってのも影響でかいかもなー。リディアもローザも別嬪だしな、セシルも、アレだ、男だけど見た目やら物腰やらが柔和で粗暴な印象がねーだろ?とにかくおキレーな集団だったから、その点で第一印象は有利だよな。
ただ、それでもやっぱり、それなりにショックってのはあったんだぜ?
髪の色が、金やら銀やら緑やら!……って、いや、確かに俺も銀髪なんだけどよ。エブラーナじゃ若いうちから銀髪ってのは珍しいんだよ。大多数は黒か焦茶だな、髪色は。
まーそんなことより。何が一番ショックだったかって言えば、だ。
――あのな。
俺は、エブラーナでは背が高ぇ方だったんだよ!
それが、なんだよアイツら!バロンの男ってのは何食ったらあんなにでかくなるんだ!?
俺は身の丈五尺八寸、センチメートルで言やァ百七十五はあんだけど!?うちの国の男の平均は百七十弱だっつーのに、なんで七十五ある俺様がチビみてーな気分を味あわなきゃなんねーんだ!
……いや別に、背が高ぇ方が格好良いとかは思ってねーよ?エブラーナ王族は忍者の奥義を受け継いでるからさ、身は軽い方がいいんだよ。身体がでかいと重くなるから、俺は自分の体型はわりと気に入ってんだけど。
でもなー、なんつーか……セシルとは三センチそこそこしか違わねーからほとんど目線も同じなんだけどよ。問題はアレだ、アイツ。カインな。
八センチも差があると、ほんのちょっと……ちょっとだぞ?見下ろされる感じになんのが気に食わねー。
ま、要するに。
アイツらと知り合った当初、俺はあの竜騎士との身長差がすっげー気に入らなかった、っつー話だ。
当初は、な。
今はもう、そんなことはねーよ。
それどころか。今の俺は、よかったと思ってんだ。
何をって?決まってんだろ。
――この八センチを、だ。
月での決戦を終えて、蒼き星へ還ろうとしている魔導船の中。
操舵室に佇んで、じっと飛翔のクリスタルを見詰めている竜騎士に俺は歩み寄った。
全身を覆う蒼い鎧に、目深に被られた兜。
凛と伸ばされた背は硬質な空気を纏っていて、コイツの周囲に近寄りがたい雰囲気を作り出している。
俺は迷わず足を進めて、その隣に並び立った。
「…………何か用か?」
そのまま黙っていれば、ややして男が怪訝そうに口を開いた。
俺はチラリと、そいつに横目を向ける。
――たとえば、俺の背が、コイツよりも高かったら。
竜の貌を模したこの兜に阻まれて、コイツの表情など口元しか見ることができなかっただろう。
「いや、別に用ってほどのことじゃねーんだけど、な」
軽い口調で言いながら俺は身体ごとカインに向き直って、一歩、距離を詰めた。
まるで視線を遮る庇のような兜の下の空間に、ちょいと首を傾げるだけで入り込めるこの背丈を、幸いだと思う。
コイツが堅い甲冑で覆い隠してしまう脆さを。歪む目元を、揺れる瞳を、見逃さずにいられるから。
「カインおめー、ちょっと兜とれ」
「は?……なぜ」
「いーから」
下から顔を覗き込んで、有無を言わさぬ口調で促す。
カインは不審そうに眉を顰めながらも、意外と素直に兜をはずした。ま、そもそも戦闘中でもねーのに船内で兜かぶりっぱなしっつー方が不自然だからな。強固に拒む理由が無かったんだろう。
さらり、人工の明かりの下に晒された金髪に、俺は満足して頷くと無造作に手を伸ばした。
「――っ!?オイ、何を……!」
――たとえば、俺の背が今よりもずっと低かったら。
コイツの頭を、こんな風に気軽に撫でてやることはできなかっただろう。
「何のマネだ、王子様!」
「いて!ひでーなオイ、払い落すことねーだろ」
ぱしりと払われた手を振って笑ってみせる。ひでーと口では言ってみたものの、まったくもって気分は悪くない。
心底嫌そうに叩き落とされたんだったら、そりゃ多少は腹立っただろーけど。目の前の男の顔は明らかに嫌悪しているものではなくて、戸惑って、照れて……ほんの少し、安堵して。そしてそんな自分に困惑している面だったから。
かわいいじゃねーの、と思いこそすれ、俺が気分を害するはずもないのだ。
幼い頃に両親を亡くして、若い身空で竜騎士団長なんてモンを張ってたっつー竜騎士サンのことだ。他人に頭を撫でられるなんて、随分と御無沙汰に違いない。
……なあ、案外いいもんだろ?ホッとするっつーかさ。
手当て、とは良く言ったもんで、人の手には触れる相手を癒す効果があるんだよな。
あ、もちろん気を許してる相手じゃねーと癒しどころか逆効果になっちまうだろーけど。この場合は問題ねーよな。だってオメー俺のこと好きだろ?
再び手を伸ばしてわしゃわしゃと金髪を掻き回せば、カインは当惑した様相でこちらを見詰めた。もう払い落すのは諦めたようだ。良い傾向だと俺は笑う。
そうやって受け入れていればいいんだ。
自分を癒す手を。
癒されてしまう自分自身を。
……きっとお前は、蒼き星に帰り着いても、バロンには戻らないのだろうけど。戻れないのだろうけど。
迷いを感じる自分を、貶めなくていい。
淋しいと思うお前を、羞じなくていい。
やさしさや、やわらかさや、あたたかさを求めることは、弱さじゃない。
お前は俺の手から、溢れて滲み出すような好意を感じるんだろう?そうだ、それで正しい。
そしてその好意を、嬉しいと感じてくれてるんだろう?なあ、それなら俺も嬉しいんだよ。わかるか?……わかるだろ?
「…………カイン」
金糸のような髪から手を離して、俺はひとこと、男を呼んだ。
真正面から向かい合って、半歩、距離を縮める。つま先はもう触れ合わんばかり。
八センチ下から見上げれば、当惑に揺れる瞳が見開かれて。
――たとえば、俺とお前の目線が水平だったなら。
ほんの僅かに鼻先をずらすだけで、唇は自然に重なったのだろう。
「カイン」
でも、それじゃあ意味がねーんだ。
俺は口端を綻ばせて、トントンと人差指で己の唇を叩いてみせた。
吐息も届くような距離で、眼前の男が息を呑む音が聞こえる。
八センチ上の瞳と視線を合わせれば、自ずと少し顎が上がって。整った形の薄い唇まで、おそらくもう二センチを切った。
そこでピタリと動きを止めて、俺はじっと男を見詰める。
……なあ、竜騎士サンよ。
俺はそこまでテメーを甘やかしてやる気はねーんだ。
もしここで俺が、ちょっと伸び上がったなら。それともお前の首に手をかけて引き寄せたなら。それはそれは簡単に唇を奪えてしまうのだろうけど。
なにしろ俺は、奪いてーわけじゃねーからな。
隣に立って、五十センチ。
向き直って、三十センチ。
覗き込んで、十五センチ。
半歩詰めて、八センチ。
瞳を見詰めて、一センチ半。
――なあ、カイン。
お前は俺が好きだろう?
だったら、逃げるな。目を逸らすな。
人に惚れることは悪いことでもなんでもねーよ。見ろ、俺は歓迎してんだろ。
認めて、受け入れて、踏み出せ。
選ぶのは、お前だ。
伸び上がってなどやらない。引き寄せてなどやらない。
最後の一センチを、お前から。
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甘やかさない、という甘やかし。