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※2010年スパコミでの無料配布
※エジ→リディ前提のエジ←カイ
※一方通行話のわりにはあまりシリアスじゃありません。ほのぼの系?

よろしければ「続きを読む」からどうぞ↓

目の前に続く未知の道程を


こんな事を改めて言うのも情けない話なんだが、生まれてこの方、俺は他人に恋焦がれるという感情を、或る特定の相手にしか感じた事が無かった。
――それが誰か、とかは、今は言及の必要が無い……いや、言うまでもないだろう。察してくれ。
もし、俺がもっと「恋愛」という事象に熟練していたなら、あんな子どもじみた愚かしい嫉妬のために世界を危機に晒す事など無かったのかもしれないな。
ああ、いや、それは置いておいて、だ。
恋い慕う、と言えばただ一人の顔しか思い浮かべる事のできなかった俺にとって、その感情は、守りたい、とか、頼られたい、とか、そういった感覚とイコールで結び付けられていて。
隣で彼女を護るのが自分でありたい、という望みと、それが叶わない苦しさこそが、恋う、と謂うモノだと思い込んでいた。

――だから、それとは全く異なるこの奇妙な感情が、一般的に何と呼ばれるものなのかを。

自覚するのに随分と時間がかかった、と、そういう話だ。

 

カインが己の内に芽生えた違和感に初めて気付いたのは、魔導船から月へと降り立って四日目の朝の事だった。
いつものように、カインはテントの外、焚火の横で目を覚ました。何故テントの中で寝ていないのかと問われたら、それには理由がある。非常に言いにくい理由が。
敢えて要旨だけを言えば、セシルの隣で眠るのが恐ろしいからだ。
この月面に着いて以来。肌身にピリピリと感じるゼムスの思念は、日に日に重苦しさとどす黒さを増していて。寝ている間にまた、この身が操られてしまわぬかと。朝起きたら己の槍が親友の身体を貫いているのではないかと、カインは切実に恐れていた。
だから。男用テントの中でセシルと二人きりになる事を、さり気なさを装いながら出来る限り避けて。
夜には、見張り役の順番を終えても、そのまま外で毛布に包まる事にしていた。
その辺りの事情はひとまず置いておいて、とにかくその朝、いつも通りにカインは目を覚ました。そして、ふと頭部付近に感じた違和感に、横たわった姿勢のまま視線を上向ける。
すると、すぐ傍らに腰を下ろしている忍者の王子様が、焚火の火を見詰めながら片手でカインの髪を柔らかく撫で梳いていたものだから、カインは思わず声を失うほどに驚いたのだ。
王子様はどうやらカインが目を覚ました事には気付いていないようで、視線はこちらを向いてはいない。焚火が消えてしまわぬように注意を払い、時折周囲に魔物の姿が無いか見渡している。見張りの役割を真面目に果たしているようだ。
エッジは三交代の見張りローテーションの最後の役を担っていて、カインが目覚める時間帯に彼が見張りをしている事自体は、おかしな事ではない。おかしいのは、彼のこの、右手だ。
するり、するりと。柔らかく髪を掬い上げては、梳かすように指の間を通していくその動きの繊細さと、頭皮に触れる温かさに。ドクリと、心臓が妙な音を立てて、目を見開いたままカインは固まった。
――これが、最初に感じた違和感だ。

カインが目を覚ましている事に気付いたエッジは、ひどく慌てた様子で手を離して、いやコレは、と何やら意味を為さぬ言葉を呟いた後。

「……オメーが、魘されてたからよ」

気まずげに頭を掻きながら、微妙に視線を逸らして、そんな事を言った。
その言葉にも、カインは大層驚いた。
カインはここ数週間、ゼムスの思念の影響か、毎夜悪夢に苛まれていて。しかし最近、何かに邪魔されたように、夢の中の闇が急速に引いていく事があるのだ。
それがひょっとしたら、この男の手が触れたせいだったのだろうか、と思ったのが一つ。
もう一つは単純に、俺が魘されているのを彼が宥めようとしてくれたのか、という事実に対する驚きだった。
カインは、エッジとは普段悪口の応酬のような会話をしているが、決して彼を嫌っているわけではない。
それどころか、巨人の降誕に加担した己が月へ同行するのを許してくれた懐の大きさと、また操られたら斬ってやると、魔導船の中で告げてくれたその情の深さに。表にはあまり出さねど、胸中には言葉に出来ぬほどの感謝の念を抱えている。
しかし、逆の立場に立てば。
エッジは自分の事を嫌っているだろうと思っていた。
故郷を焼き払った巨人を呼び起こした男の事など、誰が好ましく思えるものか。今は世界の危機だから戦力として同行を許してくれてはいるが、個人としては嫌われているに違いない。それが当然だ、と。
カインはそう、考えていたのだが。
ひょっとすると、それほど嫌われているというわけでもないのだろうか。
少なくとも、魘されているのを放っておかずに手を伸ばすぐらいには。
そう思ったら、エッジが触れていた辺りの髪が、何故かじんわりと熱をもったような気がした。
――これが、二番目の違和感。


「最近カインと仲が良いのね」

月の民の館で休息中、周囲の様子を探って戻って来たカインは、廊下の奥から聞こえてきた声に思わず立ち止った。
声の主は、ローザだ。
誰と話しているのか。歩を進めて廊下の曲がり角から奥を窺えば、ローザの傍らに佇んでいるのは銀髪の王子様で。
咄嗟に一歩退がって廊下の壁に背を付けてから。自分は一体なぜ隠れているのかと、己の行動に首を傾げた。
にこにこと微笑むローザの前で……エッジは。
心外だとでも言うように、眉を顰めていた。

「……仲良くねーよ」

ボソリと、しかし聞き間違えようもなく、耳に流れ込んできた不機嫌な声に。
ぎりりと、心臓の辺りが締め付けられたように痛んで、カインは息を詰めた。
――ああ、三つ目の違和感だ。
脳裏をそんな事が過る。
エッジとは、仲は良くない。普段の会話を鑑みても、それは確かな事だ。それなのに、なぜ胸が痛むのか。
……先日、髪を撫でられた事で、何か勘違いでもしていたのだろうか。然程には嫌われてないとでも……それなりの信頼関係を、築けているのだとでも?
傲慢だな。カインは首を振って溜息を零した。
己の犯した過ちは、赦されるようなものではない。信頼を得たい、など、分不相応極まりない望みだ。
強張っていた脚を動かして、その場を立ち去ろうと踵を返した――その、瞬間。

「ちょっと待て!」

急速に背後に迫った気配に肩を掴まれてカインは思わず身を跳ね上げた。
慌てて振り返れば、そこにはもっと焦った顔をしたエッジがガッチリとカインの肩を掴んでいて。

「オメー、今の聞いてたな?で、誤解しただろ!」
「……誤解?」
「仲良くねーっつったのは、オメーと仲良しなんて冗談じゃねーとかそういう事を言ってんじゃねーからな!?むしろ、もうちょい距離縮められねーかと思ってんだよ俺は!」

勢い込んで言われた台詞に目を見開けば、エッジは、やっぱり誤解してやがったんだな、と眦を吊り上げた。
不満も顕わなその顔に戸惑って、カインが「……距離って」と困ったように呟くと。エッジは深い溜息を吐いて、ビシッとカインの額を弾いた。

「俺、オメーの笑った顔、まだ見た事ねーんだよ」

そんなんで仲が良いとか言えねーだろ?
さらりとそんな事を言って、ニカッと効果音の付きそうな笑顔を浮かべた王子様に。
先程とはまた別の感覚で心臓の辺りを締めつけられたカインは、何も言えずにただエッジの顔を見詰め返したのだった。
四つ目、だ。


ひとつ、ふたつと指折り数えて。
それが両手の指で足りない頃になっても、カインはまだその違和感の正体に気付けずにいた。
――漸く、気付いたのは。十三番目の違和感の時だ。

その違和感は、それまでにも何度か似たようなものを感じていた、心臓の痛みだった。
それが何故、十二番目までのアレやソレと違って、カインにその正体を掴ませたのかと言えば。その時の状況を語れば自ずと明らかだろう。
地下渓谷の結界に張ったテントの中で、カインとエッジは他愛もない会話を交わしていた。この二人にしては静かで穏やかな遣り取りで、エッジは笑顔だったし、カインもほんの僅かにだったが口元を緩めていた。
そこへ、テントの外から掛かった声。

「エッジ、いる?ちょっといいー?」

可愛らしく弾むような、緑髪の召喚士の声が聞こえた途端。
ガバリと立ち上がったエッジは、輝かんばかりの声で返事をして。カインとの会話もそこそこに、テントを出て行った。
独りテントに残されたカインは、チクチクと胸の裏側を刺すような痛みを感じて――
その痛みが、覚えのある痛みと。
バロンで数年前からずっと感じていた、あの痛みと同じだと気付いて。

そこでやっと、悟ったのだ。
数日前から己を苛む、違和感の正体を。

(……馬鹿、か。俺は……ッ)

カインは己を罵って、キュッと唇を引き結んだ。
罵ったのは、何日間も自らの感情に気付けなかった鈍感さではない。
この、愚かしくも利己的な感情に囚われて多くの人々を傷付けておきながら、また別の人間に同じような想いを抱いてしまっている自分の、恥ずべき浅ましさと。
再び、自分以外の人間に惚れ込んでいる相手に惹かれてしまったのか、という。
懲りない己を、カインは罵倒したのだった。


エッジがカインを地下渓谷の谷間へ連れ出したのは、その二日後の事だ。
結界で休んでいるセシルたちには、ちょっと周りを見回ってくると言い置いて来た。
魔物の気配がしない空間に立ち止って、こちらを振り向いたエッジに。何か話があるのだな、と、この時点でカインは覚悟を決めた。
……おそらく、気付かれたのだ。己の抱える、この浅ましい想いに。
一昨日、己の抱いている感情の正体を悟って以来。カインは明らかに挙動が不審である自覚があった。
エッジが側に近寄れば身体が強張り。目もまともに合わせられず、会話をするにも、普段通りの口調を装えない。
こんな調子では怪しんでくださいと言っているようなものだ。何とかしなければと焦っていた矢先、困ったような顔をしたエッジに手招かれてカインは胸中に嘆息した。
本人に気付かれてしまっては。
もうこの想いは、捨て去るよりほか、仕方がないだろう。
傍らで眠る度に髪を梳いてくれていた指に、じわりと温かさを感じる事も。太陽のような明るい笑顔に、ギュッと胸を締めつける苦しさを感じる事も。この男にとっては、ただ迷惑な気色の悪い感情に過ぎないであろうから。

エッジはカインと向かい合ってから、どう言い出したものかと迷う様子を見せながら、徐に口を開いた。

「いや、あのな。違ったら違うってハッキリ言ってくれりゃーいいんだけどよ。えーと、気を悪くすんなよ?あー……その、オメーひょっとして……俺に惚れかけてたりするか?」

慎重に、言葉を選び選び。
こちらを傷付けぬようにと細心の注意を払ったのであろうその台詞に――
しかしカインは、覚悟していたにもかかわらず、その配慮に応えられず。言葉を詰まらせて、ただその場に立ち尽くした。
数秒の沈黙の後に、掠れた声で漸く言えたのは、「すまん」という一言で。
エッジはそれで確信を得たのだろう。あー……マジか、と小さな声で呟くと、弱りきった表情で額に手を当てた。
ああ、困らせている、申し訳ない。カインの胸の内にはそんな思いが去来したが、如何ともしがたくて黙ったまま目の前の男を見詰める。
エッジはやがて、額を覆っていた手をはずすと、真っ直ぐにカインの視線を捕えた。

「俺、リディアに惚れてんだよ」
「……ああ。見ていれば分かる」

そう応えたカインに、エッジは面白くもなさそうな表情で「へえ、そうかよ」と相槌を打った。
へえ、ではないだろう。あれだけあからさまでは誰でも分かろうというものだ。ここ二日の自分もひどかったとは思うし、ローザも大概分かりやすかったが、この王子様はそれにタメを張る。
……何故、自分はこうも、望みの無い相手にばかり惹かれてしまうのだろう。一昨日から何度考えたか知れぬ事がまた脳裏を過って、カインはそっと苦い溜息を漏らした。
考えても栓のない事だ。
己が考えるべき事は、何故こうなったか、ではない。この愚かしい感情を、どうやって誰にも迷惑を掛ける事なく消し去るか、だ。

「……で?」

不意に正面から投げられた問い掛けに、カインは知らずと俯いていた顔を上げて瞬いた。
……で、とは、どういう意味だろうか。何を問われているのか分からない。この王子様の話が端的に過ぎるのか、それとも自分が沈思している間に彼の言葉の一部でも聞き逃したのか。
カインが戸惑っているのを感じたのだろう。エッジは目を眇めると、先の問い掛けを言い直した。

「それでお前は、どう思ってんだよ。俺が、リディアに惚れてるって聞いて」

先程よりもずっと丁寧に、曲解しようもなく明快に問われて。
しかしカインは、当惑した。
質問の意味が分からなかったからではない。そんな事を聞く意図が分からなかったからだ。

(……ああ、成程。俺がまた心に闇を抱えるのを、危惧しているのか)

しばしの黙考の末に解答を見出したカインは、己の察しの悪さに苦笑した。
叶わぬ想いを往生際悪く抱え続けたせいで、闇の思念に囚われ世界を危機に陥れた己のことだ。エッジは、カインが彼に対して迷惑な感情を覚える事で、また心に隙を作るのではないかと案じているのだろう。
いざという時に己を斬る覚悟まで示してくれたこの男だ。カインの精神状態を気にするのは当然の事かもしれない。
こんな余計な事でまでこの優しい男の手を煩わせるのが心苦しくて、せめてこれ以上案じさせまいと、カインはエッジの不安を解消すべくピンと背筋を伸ばした。

「……大丈夫だ、心配するな。アンタたちの事はお似合いだと思っている。こんな馬鹿げた想いに執着するつもりもない。なるべく早く、この傍迷惑な感情など消し去って、お前たちが上手くいくよう応援す……」

気を遣わせないよう。疑念や不安を残さぬよう。
しっかりと目を見据えて、出来得る限り落ち着いた声で紡いでいたカインの台詞は、しかし。


「違うだろ――――!!」


突如として上げられたエッジの怒声に、遮られた。

「…………は?」

急に、怒鳴られた意味が全く分からなくて。
カインは思わず、間の抜けた声を漏らしてコトリと首を傾げた。
そんなカインの姿にますます腹を立てた様子で、五つ年上の王子様は、まるで幼子のように地団太を踏む。

「違うだろ!なんでそういう発想になるんだ!ローザん時と同じ事繰り返す気かオメーは!どうしてそう成長がねーんだ!」
「な……っ」

怒涛のように投げ付けられた罵声に受け流しがたい言葉が交ざっているのを聞き咎めて、カインはグッと奥歯を食いしばった。
同じ事を繰り返すつもりか、など。
そんなつもり、無いに決まっているではないか。
ローザへは、もう叶う事はないのだと悟ってからも尚、未練たらしく後生大事に想いを抱え続けてきた。そのせいで重く圧迫された胸の内に淀みが生じ、そこを敵方に付け込まれたのだ。
だから、今度は。
二の轍を踏まぬように、潔く不要な感情を捨てようとしているのに。
――本当は、想うだけならと、あの切なくも温かな感覚をずっと抱いていたかったけれど。そんな甘ったれた気持ちは黙殺して。
傍迷惑でしかない、身の程知らずな感情を、消し去ってしまおうと。それこそ必死の思いで努めているというのに。
それを、成長がない、と言うのか。
……ああ、確かに、他に想う人がいる相手に惚れてしまうこの俺のどうしようもなさは、成長がないと謂えるのかもしれないけれど。

(――仕方が、ない、だろう……ッ)

惚れさせたのは、お前だ。
咄嗟に頭に浮かんだのは、とんでもない責任転嫁で。己の思考の醜悪さにカインは即座に自己嫌悪に陥った。
この男が自分に与えてくれた温もりや笑顔は、誰にでも優しい彼の性分に拠るもので。分不相応にもそれに惹かれてしまったのは、己の身勝手なのに。
……すまない。口に出してもいない思考をひどく後悔して、唇を噛み締める。
うなだれるカインの頭上からは、未だ憤懣遣る方ないという響きのエッジの声が続けざまに降ってきていた。

「大体なぁ!俺はリディアに惚れてっけど、まだちゃんとした告白はしてねーんだよ!」

――ああ、そのようだな。応援、しているから。

「リディアが俺のことをどう思ってるかなんざ、全っ然わかんねーんだぞ!?」

――大丈夫、お前は好い漢だ。リディアだってきっと好ましいと思っているさ。

「もう付き合ってるっつーならともかく、まだこっちは両想いですらねーんだぞ?そんな状況で、なんでサッサと諦めようとしてんだオメーは!」

――…………

「……は?」

視線を俯けたまま聞いていたエッジの台詞が、途中からよく分からないものになっているのに気付いてカインは顔を上げた。
見れば、エッジは眉を吊り上げて……歯痒くて仕方がないという顔で、こちらを見詰めている。

「だから、なんで諦めんだっつってんだよ!」
「……何で……って……」

お前が、何故だ。
何故そんな、まるで「諦めるな」とも受け取れるような……否、そうとしか受け取れない事を言うのだ。
今、自分たちが話していたのは、確か。

「……ローザの時と同じ轍を踏まないように、という話、だろう?」
「そうだよ!」

困惑をそのまま口に出せば、言下に肯定されてカインはますます戸惑う。

「だから、今回は下手に引き摺ったり抱え込んだりせんよう、潔く忘れようと俺は」
「だーかーらー!それが違うつってんだよ!」

訳が分からないながらも己の考えを述べようとすれば、皆まで言わぬうちにまた怒鳴られる。
エッジは、ああもう、と苛立たしげに呻いてわしゃわしゃと銀灰色の髪を掻き回した。

「……いいか?カイン」

やがて、ひとつ大きな溜息を吐いてから。
エッジは髪を掻き回す手を止めて、ビシリと人差指を一本、カインの目の前に立ててみせた。

「まず、恋したお相手が別の人間に惚れている。コレは言っちゃ悪いが、世間にゃありふれてる話だ」
「あ、ああ……まあ、そうだろうな」
「で、肝心なのは次だ、次。そのお相手の恋愛事情ってのがどうなのか……要は、片想いなのか、両想いでお付き合いしてんのかってこったな」
「……はあ……」

さっきから王子様の言いたい事がさっぱり分からない。
眉根を寄せながらとりあえず頷けば、エッジは真面目に聞けよ?とばかりにギラリと眼光を強めた。慌てて再度、しっかりと頷く。気の無さそうな相槌になってしまったのは決して聞き流していたからではない。単に話の筋が読めなくて困っているからだ。
エッジはカインの反応に満足したのか、立てた人差指を軽く振りながら話を続けた。

「両想いだっつーなら仕方ねーよ。横恋慕はみっともねーって諦めんのも一つの選択だ。だけどな。まだ相手が片想い中~っつってんだったら、そこで取るべき行動はひとつだろーが!」

ぴ、と鼻先に指を突きつけられてカインはのけぞった。
取るべき行動。ひとつ。……何だ。何が言いたい。
男の言葉を反芻してみても答えは見付からなくて、ひとまず「人を指差すな」とだけ口にする。
エッジはカインの場違いな応答にちょっと呆れた顔を見せてから、両腕を組んで胸を反らした。


「そのお相手が片想い相手を射止める前に、男磨いて告白して振り向かせる!それしかねーだろーが!!」


他に何がある、とでも言いたげな、自信満々の表情で。キッパリハッキリと言い切ったエッジに――
カインは、ただ唖然と、その顔を見詰め返した。

「お前さぁ、なんでそう、諦めるとか忘れるとか叶わねーとか、ネガティブな思考ばっか先に立つわけ?そこが進歩ねーなっつってんだよ俺は」

腕を組んだまま、如何にも気に食わないと言うように眉を寄せてエッジはのたまった。

「オメー、顔はイイし腕は立つし、性格だって基本的にはイイ奴なんだから、ちょっと頑張りゃ大抵の人間はオトせるんじゃねーの?……いやまあ、ローザは……もう難しいかもしんねーけど。せっかく次の恋が芽生えたんだったら、まずはそいつを育てる努力をしろよ。諦める努力する前に成就させる努力!勇気を持て勇気を!」
「そ、そういうものか……?」
「そういうもんだ!」

勢いに呑まれてつい尋ねたら、思い切り断言されてカインはもう何も言えずに口を噤んだ。
……いや、待て。何かおかしくないか。
己の記憶が正しければ、確か今は、自分がこの目の前の男に惚れてしまった事について話していたはずだ。
だとしたら。
この王子様はカインに向かって、自分を振り向かせる努力をしろと。そう言っている事になりはしまいか。

(――っ、迷惑じゃ、ない、のか……?)

想っている事を、許してもらえるのか。
そう、思った途端。
どっと、身体の奥底から流れ出してきたような感情の波に、カインは身を震わせた。
――この男に、迷惑を掛けると思ったから。だから、押し殺さなくてはならぬと思ったのだ。
また何も言えぬまま己の感情を見殺しになければならぬのだと信じたから、胸の奥に生じるであろう空洞と、そこに溜まってしまうかもしれない淀みに怯えて。綺麗に諦めて忘れ去る方法を、どうにかして見付けなければと必死だったのだ。
それなのに、この男は諦めなくて良いと言う。
あまつさえ、叶える努力をしろと。

「――……ッ」

ぐっと、掌に爪を食い込ませる。

「……エッジ」
「あん?」

掠れた声で名を呼べば、エッジはパチリと瞬いてカインを見た。
振り向かせるなどと、身の程知らずな事は思っていない。
己のような愚かな男よりも、あの明るく心優しく芯の強い、美しい召喚士の方がこの男の隣に立つにふさわしいと。別段卑屈になっているわけでもなく、心からそう思う。

だけど、もし。
もし、この想いを口にする事が許されるなら。


「好きだ」


紫水晶のような瞳を、じっと見据えて。
足の裏から身体の芯を通って湧き上がってくるような感情をそのままに、囁くような声音で吐き出せば。
エッジは、「うっ」と短い呻き声を上げて目を瞠り、何やら胸の辺りに手を当ててよろめいた。

「う……おお……やべー今ちょっと撃ち抜かれたぜ……」

すーはーと浅い呼吸を繰り返しながら、聞かせる気も無いのであろう音量でエッジは呟いた。
その独り言を耳で拾ってしまったカインは、予想外の反応にどう受け取って良いものかと戸惑う。
カインの当惑を余所にエッジはしばし下を向いて沈思していたかと思うと、唐突にガバリと顔を上げて、カインへ向けて口を開いた。

「よし!脈ありだ!」
「は……?」

――まただ。また、この王子様の言っている事が分からない。
カインは眉を顰めて目の前の男を見詰め返した。もう少し、分かるように言ってもらえないだろうか。
そんなカインの無言の訴えが通じたのか、エッジはひとつ咳払いをすると、改めてカインに向き直った。

「あのな、俺はリディアが好きだよ。それは今でも変わってねーけど……そう簡単には変わんねーと思うけど」
「…………」
「でも、今ちょっとお前にトキメいたのも本当だから」
「は」

至極真面目な表情で吐かれたその台詞に。
カインはポカンと口を開けて間抜けな音を一音発したきり、それ以上言葉が出て来ずに忙しなく目を瞬かせた。
エッジはそんなカインに向けてニッと笑うと、ぱしりと景気付けるかのように肩を叩いてみせる。

「つまり、脈ありってことだ!もうちょっと押せばオチるかもしんねーぞ?ってなわけで、頑張れよ!な!」

あの、太陽のような明るい笑顔で。
一息にそう言い放って、満足そうに踵を返したその後ろ姿を見詰めて。

「……言ってる事が、めちゃくちゃだぞ。王子様」

呆然たる声で、そう漏らしてから。
何か無性に可笑しくなってきて、カインは肩を揺らした。

エッジの台詞はどう聞いても、友人の恋路を励まし背中を押す者のそれだ。
しかし、その押された先にいるのはお前自身だというのに。それでもお前は、俺の背中を押すというのか。

カインは込み上げてくる笑声を抑えて、遠ざかる後ろ姿を眺めた。
分かっている。
あの男はただ単に、底抜けのお人好しで。つい先日まで手酷い失恋で失意のどん底に居たカインを、これ以上の底無し沼に突き落とすのが忍びなくて。
せっかく新しい恋を覚えたなら、早々にその芽を摘み取ってしまうのは気の毒だと。カインに前向きな思考を定着させるまでは、ああやって励ましてくれるつもりなのだろう。
同姓に惚れられる、なんて気色悪いと蔑んでもおかしくないのに。
それどころか、あんな風にこちらの事を気遣うなんて、あの男は本当にどこまで器が大きいのだろうか。

「……でも、そうだな……」

カインは滲みそうになる視界を目頭を押さえて誤魔化しながら、ポツリと独りごちた。

他でもないあの男が、応援してくれるのなら。
俺も俺の恋路というヤツを、少し頑張って歩いてみるのも良いかもしれない。


とりあえず、トキメいただの射抜かれただの言っていたから、これから時々アイツに「好きだ」と言ってやろう。
そんな柄にも無い事が頭に浮かんで、カインは口元を綻ばせた。

 

改めて言うのも情けない話だが、生まれてこの方、俺は他人に恋焦がれるという感情を、或る特定の相手にしか感じた事が無かったから。
想いを処理する方法も、「諦める」という一択で。
恋路を前へ進むより、引き返す方へばかり努めて歩いてきた。

こんな事を言ったら、またアンタに「違う」と怒られるかもしれないけれど。
想いを捨てずに、大事に抱えたまま。叶えるための努力をして良いのだと。好きだと口にしても良いのだと、そう思うだけで――
たとえ結果として叶わなくても、それだけで俺は泣きたいほどに幸せだよ。

 

お前のおかげで、俺はきっと変われる。
ありがとう、王子様。


 

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*御礼小話1つ(エッジ独白) お返事はMemoにて
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