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・エジカイ(お館様と赤き翼隊長殿)
・TA後の平和な世界
・遅まきながら年始ネタ。
・エブラーナが勝手なイメージで中途半端に和風。

よろしければ↓


「……何だそれは。室内で何をしているんだお前は」
「よう。何って、餅焼いてんだけど?」

扉を開くなり眉を顰めた他国の隊長殿の表情に、俺は七輪の餅をつつきながら首を傾げた。


願わくば、末永く


他国からの客人を出迎えもせず、玉座の間での謁見すら省いて、俺の部屋へ直接来いとひそひ草で告げた時から。たぶん、コイツは不機嫌な面でこの部屋の戸を開け るだろうなと予想はしていた。
床に胡坐をかいている俺を呆れた目で見下ろして、国主としての振る舞いがどうのと、皮肉っぽい口調で軽く咎めてくるだろうと。
十数年のブランクがあったとはいえ何だかんだで長い付き合いだというのに、この男は未だにそんなお固いことをのたまうのだ。
まあ相手に言わせれば、付き合いの長さの問題じゃない、お前は国王として型破りすぎる、とのことらしいのだが。

飛空艇団「赤き翼」の隊長、カイン・ハイウインド殿は、本日はバロンの使者としてエブラーナに年始の挨拶に来ていた。
……と言っても、バロンとエブラーナでは暦が少し違うから、あちらさんの年明けはもう少し先だそうだけど。ちょっとした業務連絡のついでにうちの暦を知ったセ シルが、それなら使者を立てなければと言い出したらしい。

そんなに気を回さなくてもいいのによ、と、セシルの律儀さに感心を通り越して半ば呆れたのが数日前のこと。
だが、今日になってそんな呆れは吹き飛んだ。
なにせ、赤き翼の隊長様がわざわざ使者に指名されたというのだ。『年始の挨拶』がただの建前で、久々に会う機会を作ってくれたのだと容易に知れる。セシルのヤ ツもなかなか気が効くじゃねーの。
こちらへ向かう飛空艇の上から、ひそひ草で到着予定時刻を告げてきたコイツの声に。俺は口角を引き上げて、使者殿を自室でもてなすべく準備を始めたのだ。


「おーい、何してんだ?そんなとこ突っ立ってねーで入れって」

扉を開けた姿勢のまま佇んでいるカインに、俺は座ったままで声を掛ける。
呼びかけられた男はしばし躊躇ってから、部屋内に一歩踏み入って扉を閉めた。その場でまた、戸惑った様子で足を止める。

「……靴を脱いだ方がいいのか?」

ああ、なるほど。
初めて俺の部屋に入るわけでもないのに何を躊躇っているのかと思えば、普段と違う部屋の様相に当惑していたらしい。
まあ当然かと俺は室内を見渡して苦笑した。久々にこの国を訪れる男に異国情緒を味あわせてやろうと思ったのだが、少し凝り過ぎたかもしれない。
床に広げた敷布はエブラーナ特有の染め物。丈の低い木製の丸机を中心に置いて、座布団と呼ばれる平たいクッションを周りにポイポイと散らしてある。
俺はと言えば靴も履かずに座布団を尻に敷いて胡坐。さらに丸机の上では七輪で餅を焼いているときたら、エブラーナの民ですら昨今はなかなか見ない光景だ。他国 の人間を混乱させるには充分だろう。

「ああ、そこまでは土足で構わねーから、敷布には靴脱いで上がってくれ」

長箸で餅をひっくり返しながら行儀悪く顎で指し示す。カインは俺の示した先を視線で追って、俺愛用の忍び靴が敷布の横に脱ぎ捨てられているのを見ると、ちょっ と眉を顰めながらその傍らでブーツを脱いだ。
眉を顰めたのは靴を脱ぐ事に抵抗があったわけじゃなく、俺がいい歳をして脱いだ靴を揃えもせずに散らかしているのを見咎めたのだろう。ったくホント、爺やみて ーなヤツだよな。
俺は相手の内心を勝手に推量して肩を竦めてから、手近な座布団を丸机の傍らに押しやる。ポンポンと座布団を叩けば、座れとの意だと正確に受け取ったカインは黙 ってそこに腰を下ろした。うん、素直でよろしい。

一言ぐらい国主としての挨拶の言葉は無いのかとか、国王のお前と他国の使者たる自分が同列に席を設けるのはおかしいだろうとか、そういう小言が飛んでくるかと 思ったが。何も言わずに隣に座ったカインが少々意外で目を向ければ、男の視線は訝しげに七輪に固定されていた。

「さっきも聞いたが、それは何だ?」
「何って、さっきも言っただろ。餅焼いてんだって」
「モチ……?」

鸚鵡返しのように呟いて軽く首を傾げた男の表情に、ふと、昔セシルに似たような反応をされた事を思い出す。どんな会話の中でだったかは忘れたが、「餅は餅屋だ 」と言った俺に彼は「モチって何だい」と無邪気に問い返したのだ。
まさかそんな台詞が返ってくるとは思わなかった俺は随分と驚いたものだが、今の今まですっかり忘れてしまっていた。

――コイツの国には、餅という食べ物がないのだ。

そう思い至った瞬間、俺の胸の内に沸いたのは。
ほんのちょっとした悪戯心だった。

「こいつは餅って名前の食べもんでな。うちの国じゃ、年始にはコレを食わなきゃいけねーことになってんだ」
「食わなきゃ、ならん……?義務なのか?」
「義務っつーか習慣だな。でも餅がねェ正月なんて考えらんねーし、もう半分義務だと言っても過言じゃねーよ」

もっともらしい口調で説明しながら、ぷくりと膨らんだ餅を網から下ろす。
用意してあった小皿に乗せて、ちょいと刷毛でしょうゆを塗ってやって。それから俺は、当然のような顔で皿をカインの前へ差し出した。

「てなわけで、オメーも食え」
「は?」
「うめーから食ってみろって。他国の文化を身をもって体験するのも使者の務めだろ、隊長殿」

軽い声音ながらも『使者の務め』という単語を強調してやれば、真面目な男は、微妙な表情を浮かべつつ皿を受け取った。
餅を矯めつ眺めつしたその目が、何かを探すように机の上を彷徨う。ああ、フォークか。彼の探し物にすぐ察しはついたが、生憎と異国の食器は用意していなくて俺 はポリポリと頬を掻いた。

(――まあ、必要ねーけど)

他国の人間に箸を使えと言うのは酷だと、知っているけれど。今日のところはフォークを用意する必要は無いだろう。
……何故ならば。

もとより、普通の食べ方をさせるつもりはないからだ。

「あのよ。年の始めに食う餅には、実は特別な決まり事があってな」

カインの手からひょいと皿を取り上げながら、俺はさり気なく切り出した。
七輪の上に乗っていた餅をもう一つ皿に移して、箸と手を使って割ってみせる。焼けた表面がパリッと割れて、中がもっちりと伸びる……その様を見たカインは少しだけ目を瞠って、へえ、と小さく呟いた。予想通りの反応に俺は口角を上げる。

「おもしれーだろ?年始に餅食う時は、こうやって伸びるのを使って今年の縁を占うもんなんだ」
「縁?」

お国自慢をするかのような得意げな俺の口調と台詞に、カインは意表を衝かれた様子で聞き返した。

……嘘八百、である。
餅を使って占いをした事など、俺は四十年近い人生で一度も無い。

俺は正直、真面目な顔を保つのに少々苦労したのだが。しかしこの部屋に入った瞬間から見慣れぬ物にばかり囲まれているカインには、そんな俺のちょっとした不審 さを見抜く事は流石に出来なかったようで。
素直に話を聞く姿勢でいる男に、俺は淡々たる説明口調で皿の餅を手に取った。

「いいか?俺がまず端っこ咥えて待機すっから、お前は反対側からコレを咥えろ」
「は……!?」
「で、お互いに口で引っ張って、みょーんと伸びた餅がいつ千切れるかで両者の縁を占う。わかったな?」
「な、いや、それは」
「んじゃやるぞー。ほれ」

狼狽するカインに構うことなく、かぷりと餅を咥える。
そのまま平然とした顔を真っ直ぐに向けてやれば、ひくり、口元を引き攣らせて、カインは僅かに身を引いた。
表情を窺えば、明らかに拒否したそうな顔をしている。まあそれはそうだろう。今、俺がこの男に促しているのは、平たく謂えば『口移し』だ。コイツの性格を考え たら到底受け入れられるものではない。

――だが。

(ぶっくくく、迷ってる迷ってる。おもしれー!)

言下に拒絶することなく、引き攣った表情ながらも餅と俺の顔を見比べているカインに、俺は腹の内でニヤニヤと笑う。
このお固い男の頭の中では、今。『他国の文化』『年始の決まり事』『自分は国を代表しての使者』という諸事がぐるぐると回っているに違いない。たとえ彼が個人 的に受け入れ難い行為でも、使者たる者、相手国の文化を蔑ろにするわけにはいかないとか、そんな真面目な事を考えているのだ。

そんな男の真面目さにつけこんでいる俺は、少々悪戯がすぎるだろうか。
いやしかし。
俺の口元に自ら顔を寄せてくるこの男を、見てみたいのだ。このくらいの嘘、可愛いものではないか。

(……おっ)

さてどう出るか、と、相手の様子を窺うこと数秒。
キュッと眉を寄せたカインが覚悟を決めたようにこちらに膝を進めたものだから、俺は口の端が緩みそうになるのを必死に堪えた。

ゆっくりと、慎重に顔を寄せて。
そっと唇を開く伏し目がちな表情を間近に見詰めて――相変わらず綺麗な面してんなコイツと俺は感嘆する。

(三十代も半ばを過ぎた男がこんだけのアップに耐えるってどういうこったよ。肌キレーだなオイ。睫毛金色……)

ぼんやりと目の前の別嬪さんを観賞していたらば、咥えていた餅に僅かな振動を感じる。
あ、咥えたな、と思った直後。餅は二つの口の間で引っ張られて、あっという間にプツリと切れた。

(あーあ、そんなに急いで離れる事ねーのによ)

さっさと遠ざかってしまった相手をちょっぴり残念に思いながら、千切れた餅を口に入れてもごもごと咀嚼する。
やっぱり餅は旨い。米の甘みに香ばしさと醤油味が加わって最高だ。ついでに言うなら、別嬪さんに口移しできたこともこの味に一役買っているのかもしれない。

……なんて、一人、悦に入っていた俺は。
ふと、隣の男へ目を向けて、驚いて双眸を見開いた。

「おい、どうした?口に合わなかったか?」

黙々と餅を噛み締めているカインは、何だか妙な顔をしていた。
……と言っても、もともとあまり表情豊かな男ではないから、今もほとんど無表情なのだが。
それでも長い付き合いの人間なら分かる、っつーか、俺は分かる。

コレは決して、良い表情ではない。
何と言うか、昔のコイツが時々していたような顔だ。

哀しい事があっても、それを大した事ではないと己に言い聞かせるような。
淋しいと感じても、そう感じる資格など無いと自ら思い込むような。苦しいと思いながら、それを吐露する事を自戒するような。

(……って、そこまで深刻なもんじゃねーとは思うが)

でも、何か心に蟠りを抱きながらそれを口にしかねているのは確かだ。
彼の瞳に浮かんでいる微かな色を見極めようと、俺はカインに正対した。
餅の味や食感がコイツの口には全く合わなくて、でもそんな事を言うのは失礼だと思って我慢している……とか。その程度のことであれば良いのだが。

「どうした、カイン。今、何を考えてんだ。言え。隠すな」

コイツに本音を隠させるとロクな事にならない。
それを充分に知っている俺は、有無を言わさぬ口調でカインに言い渡した。
するとカインは、おそらく内心の蟠りを見抜かれるとは思っていなかったのだろう、僅かに目を瞠ってこちらを見詰め返した。まったく舐められたものだ。何年来の 付き合いだと思っているのやら。

肩を竦めて、視線で再度促せば。
カインはきちんと咀嚼した餅を嚥下して……躊躇いがちに、口を開いた。


「さっきのは……縁がすぐに切れる、という、意味なのか?」


その言葉の意味を、俺は不覚にも一瞬理解できなかった。

彼の言う「さっきの」が、先ほど二人で咥えて引っ張った餅の伸び方、を示しているのだということに気付いて。
それから、あの餅が幾ばくも伸びぬうちにアッサリと千切れてしまった事を今更のように思い出して。
俺が自分で吐いた、「両者の縁を占う」という嘘の設定に、ようやく、思い至って。


この男が、何を思ってこんな顔をしているのか。

理解した途端。ぶわりと胸の奥底から沸いてきたのは――どうしようもない、嬉しさと愛しさ。


「――馬鹿、違ーよ」

俺は目元を緩めて穏やかな声音で否定すると、餅の伸びた長さを思い起こしながら、こんなもんだったかと親指と人差指を広げてみせた。
それからひょいと腰を浮かせて、ずずいと相手との距離を詰める。
驚いて身を引こうとするカインの腕を掴んで押し留め。すぐ傍に腰を落ち着け直して――触れ合いそうな肩の距離を、親指と人差し指で測る。

微かに息を呑んだカインに、至近距離で笑ってみせて。

「さっきの占いの答えはな……『側に在るべし。離れることなかれ』だ」
「――ッ」
「今年は失踪すんなよ?竜騎士さん」

ニヤ、と唇で弧を描けば。
目の前のアイスブルーの瞳からは、嫌な陰は朝陽に当たったように溶けて消えていった。
ああ、もう。十何年も修行を重ねてきたというのに、相も変わらずなんとネガティブで不器用な男だ。くっくと喉で笑いながら、内心で俺は呆れる。

――だけど。


だけど、この男が。このあまりに不器用で過剰に自省的で、独りで生きる術にばかり長けていってしまうこの男が。

あんな嘘っぱちの占いに、隠しきれない憂いを覚えてしまうほど。
俺との縁を、大切に想ってくれているのだと……知ってしまえば。


(……たまんねーな、ちくしょー)

胸の内側を擽られるこそばゆさに、俺はくしゃりと髪を掻き乱した。


――これ以上ない、最高の年明け。
どうか、今年もよろしく。



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お館様と隊長殿になっても、カインを甘やかすエッジの図に変わりはないようです。

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Woodear's - ウッディアズ-
*御礼小話1つ(エッジ独白) お返事はMemoにて
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